第7話 異世界の職業案内所
「お、おう、いかにもそうじゃが」
「わぁ〜綺麗な人ですね! でもちょっと変わった言葉遣いかも……」
年齢は今のユウとさして変わらないだろう。出会い頭に相手の顔立ちの良さを褒めてきたが、充分すぎるほどにその少女も可愛いと言って過言にはならない。
大きな目や長い睫毛と小さいが高い鼻に真っ白な肌、原宿系というものに耐性がないせいか、些か桃色の髪は奇抜に見えなくもないが、あどけなさこそ残るもののユウに負けずの美貌を持った少女と言える。
「あの、わたしも田舎から出てきたばかりで初めてギルドに所属しようかとここへ来たんですけど、良かったら一緒に面談受けませんか?」
「いや、ワシは別にギルドっちゅうのに所属したいわけじゃなくての」
「ぷふっ、『ワシ』だって。やっぱり変ですよ、その喋り方!」
「へ、変かの? しかし、ワシはずっ〜とこの喋り方で生きてきたから今更どうやって……」
「あぁ〜笑ってごめんなさい。ん〜でも、ギルドに入りたくて来たんじゃなかったらどうしてここに?」
至極真っ当な疑問に『手っ取り早く金を稼ぎに来た』などとは言えず、ユウは口籠る。
「わたしも初めてで緊張しちゃって、だから一緒に受けましょう。うん、それがいい。それがいいです」
「う、うむ……。だが、なんでワシなんかに声をかけたんじゃ? 一緒に受けるならもっとこなれてそうな奴もおるだろうに」
「困ってそうだったからです!」
「困ってそう? それだけか?」
「はい! いっつもおばあちゃんに言われてましたから! 困ってる人には優しく声をかけてやりなさいって!」
「それはいい心がけじゃの」
元気な声に愛想良い笑顔を振りまく少女に思わず感心してしまったユウはなんとも年寄りらしく目を細めた。
だが、目的が違う。
極道の道を進むことを決めた時から東部会一本で生きると決めたのだ。それを今更、他の組に所属するなど……。
「えっとですね、まずは番号札を……あ! ありました! これを取ってですね、待ちます!」
「お、おう」
だが、若干、猪突猛進気味の少女の勢いに負けてユウはなかなか切り出せず、ちょこんとベンチの隅に座る少女の横におずおずと腰を下ろした。
ヤクザの親分と言えどもおじさん。相手がセルシオのような若い男であればこうもならなかっただろうが、いかんせん相手が悪い。健気で無邪気な少女でいて、行動の根っこには親切心という極めて厄介なものがある。これでは断ろうにも断れないではないか。
「えっと、自己紹介がまだでしたね。わたしはシュシュっていいます。ここからずっ〜と北の村から遥々やって来ました! ユウさんのお国は?」
「あー、ワシはにほ……いや、ずっと東の島国から来た」
「島国ですか〜。ということは船ですか? すごいなぁ、わたし船ってすぐ酔っちゃうんですよ」
かく言うユウの方も神田の人食いザメと言われながらも実は大の船酔い体質だったりする。
だが、それもくだらない男の意地、から笑いして華麗に流すと、
「しかし、ギルドっちゅうのに入るには面会なんてもんがいるのか」
先程から気になっていたことを聞いてみる。
「へへ〜そうなんですよ。わたしも友達から聞いた話なんで詳しくは知らないんですが、なんでもギルド職員の面会時に自分の能力? とかそんなのを測ってくれるみたいで、それに応じて見合ったギルドを紹介してくれるみたいなんです」
「能力? それは資格とかそんなもんか?」
「しかく? さぁ? なんでしょう? あ、でもせっかくだからわたし、ユウちゃんと同じギルドに入りたいなぁ」
「ん? なんでじゃ? ワシなんてさっき会ったばっかの他人じゃないか」
「え? わたしたちもうお友達じゃないんですか!?」
詰め寄るシュシュの吐息が顔にかかる。
こうして誰彼構わず、愛想を振りまくのはいい事だが、何処かで悪い男に騙されやしないか不安にもなる。
もしくはこれが女性経験のない男性ならば、瞬間的に恋に堕ちてしまっていただろう。
「あ、わたしたちの番号! やっと順番が来たみたいですよ!」
協会の職員らしき男性が黒板にいくつかの文字を書いていたのを遠巻きに眺めていたシュシュは自身の手に持つ札と照らし合わせて、突然立ち上がった。
やはり、慣れしたんだ数字もこの世界には存在していないらしい。いや、正確には数字という概念はあるのだろうが、どれもユウには読むことはできない。
シュシュにされるがまま手を引かれ、呼び出しのあった窓口に二人仲良く肩を並べて座る構図となった。
「こんにちわ〜。ギルド管理協会のテレサです。これからよろしくね」
そこにいた職員の女性はフレンドリーな言葉遣いで柔和に微笑んでユウたちを迎えた。
これまでオヤジ、青年、オヤジ、少女と親交を持って来たがここに来て初めて大人の女性。大人と言えどもそれでも20代中頃ぐらいだろうが、黒髪に黒い瞳は日本人のユウにとって安心感を覚えるものだった。
「はじめまして、シュシュです! 本日はお日柄も良くえっと〜」
「緊張しなくて大丈夫よ、よろしくねシュシュちゃん。えっとそれから……」
トンチンカンなこと言い出したシュシュをやんわりとフォローして、テレサはユウに視線を向ける。
「ユウじゃ、よろしく頼む」
「うんうん、ユウちゃんね。ふふっ、可愛らしいお客様たちだわ」
頬に手を当ててニッコリと微笑むテレサ。その様子は面倒見の良いお姉さん的と言ってもいい。
「それじゃあね〜、まずはこの紙を持ってもらっていい?」
そう言ってテレサはカウンターの引き出しから2枚の真っ白な紙を2人にそれぞれ1枚ずつ手渡した。
紙なんぞ貰ってもユウにとっては困るだけだ。なにせ、この世界の字が書けない。それにもしも、住所や年齢、簡単な履歴書を書けと言われたらどうしたものか。年齢は適当にらしいものを書いておけば問題ないだろうが、住所などどうしようもない。
眉間に深いシワを寄せてこの場を切り抜ける方法をどうにか考えていたユウ。
その時にじわじわと紙の上に黒い点が広がっていることに気付いた。
「わ、わぁ〜……なんか紙に……シミが!」
横を覗けばどうやらシュシュも同じ現象にあっているらしい。
点は見る見るうち線に変わり、それは地を這うミミズのようにうねうねと紙面を這いずり形を成形していく。
ほんの数十秒のうちに紙面には読むことはできないが、何を意味しているのかはわかるものが出来上がった。恐らく、これが自身の能力を記した表のようなものだろう。
なんだったか、娘が好きな魔法使いの映画で似たようなシーンを見たことがあったが、まさかそれを実生活で体験することになるとは思いもしなかった。
「はいはい〜回収〜」
先程までまっさらな白紙だったが、不思議な力で綺麗に枠取りされた不可思議な評価シートを手早くテレサは2人の手から奪い取る。そして、幾ばくかの間それに視線を落として沈黙。その沈黙は決してポジティブなものではないことは容易にわかる。なにせ、じっとそれを眺めているテレサの顔が見るからに曇っていったからだ。
「どうですか? わたし、すんごい力を秘めちゃったりしてましたか!?」
察せず、シュシュの希望に満ちた目をバツの悪そうに受け止めて、テレサはあはははと感情のこもっていない笑い声をあげる。
そして、トントンと紙を整えるようにテーブルを叩き沈黙。その後、う〜〜んと長い唸り声を漏らし意を決したように顔を上げ、ニッコリと微笑んだ。
「ちょっと、ギルドを紹介するのは難しいかも……」
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