第6話 ギルド管理協会
「なんじゃ大したことないのぅ」
転がる酒瓶の残骸と呻き声を上げて床に這いつくばる男たちを椅子に座ったまま見下ろしてユウは大股を開き、酒瓶ごとそれを煽った。
ユウの提案した条件はこうだ。
今から同じ量、同じペースで同じ酒を飲み続ける。少しでも残したり、口から溢したりするはダメ。一定時間遅れをとった者も失格とする、というもの。
その条件の上でユウが倒れるまで飲み続けられた者のみ自身の身体を好きにして良いと告げられた。但し、ユウより先に倒れてしまった者はその酒代をきっちり割り勘で納めるという約束付き。
たったそれだけの簡単な決まり事。それさえクリアしてしまえば、このファンタジー染みたこの世界においても人々が思わず振り返ってしまうような若い美少女を抱けるという好条件ならば、他の者が黙っているはずがない。
見に回っていた観戦者たちも我先にとこぞって手を挙げ、気づけば店の客全員がその催しに参加していた。
突如来訪した美少女による、突如開催された催しに店内は最初こそ大いに盛り上がったが、ちらほらと脱落者が出て催しも中盤に差し掛かろうかとする時、息巻いていた男たち、美少女の身体をどう楽しもうか目論んでいた者たち皆が地獄を見ることとなった。
簡潔にいえば、ユウはザルだった。
どれだけ酒を飲もうが、フラつくどころか顔さえ赤くもならない。それどころか数を重ねる度に酒を煽るペースが速くなっていくのだ。
いくら酒飲みの男たちと言えども限界はある。バタバタと周りが目を回し倒れていく中で粘り強く飲み続けた者もいたが、それも程なくして白目を剥き泡を吹いて倒れてしまった。
「まだワシの組の連中の方が飲めるぞ」
倒れた男たちの懐を漁り、財布らしき物をかき集めながらユウは一人ボヤいた。
どうやら、身体は変われども酒の強さは健在らしい。このか弱そうな少女にしてはなかなか丈夫な肝臓を持っているらしく、さらにユウの掲げる持論『酒に飲まれる者は意志の強さが足りない』という謎の根性論で難なくその場を乗り切ってしまう。
「ほれ、これで足りるかのぅ」
かき集めた財布の山をカウンターの上に置くとその中から大量の硬貨を出し、勘定しながら店主は何度も頷く。
「し、しかしお嬢ちゃん、お酒強いなぁ。蟒蛇かなんかの生まれ変わりかい?」
「よぉ言われるは。酒宴の鬼じゃなんかもの。店には迷惑かけたな、すまんのぅ」
「いやいや、いいんだよ。こうして酒代はしっかり徴収できたし、何より気分がいい。最近、中級以上のギルドの巡回のせいで街で幅を利かせられなくなった奴らがああやってでかいツラしてたからな」
ユウの謝罪を笑い飛ばすと店主は棚の奥から見るからに高価そうな酒瓶を取り出し、グラスに並々とそれを注いでカウンターを滑らせた。
「店で一番高い酒だ。酒の味がわかりもしねー奴らに飲まれるのが癪で隠してた正真正銘の一級品だぜ。今夜は気分がいい、飲んでくれご馳走するよ」
これだけ離れていても鼻孔を擽ぐる芳醇な香りに透き通った琥珀色は宝石を思わせる。先程出された安酒や飲み比べに使用した酒類なんか目にも及ばない高価な酒。ヤクザの親分としてそれなりに良い酒も飲んできたが、そのユウを持っても思わず鼻をつつくその芳しい香りに喉が鳴ってしまう。
「いかん、店に迷惑かけたばかりかこれはいかん」
「いいんだよ。言ったろ、スカッとしたってよ」
「なら、せめて金だけでも払わせてくれや」
「はっはっはっ、気持ちはありがてーが、お嬢ちゃんの懐事情じゃ逆立ちしたって払えねーよ」
「うぐぅ……」
店主の顔、注がれた酒、セルシオから借りた僅かな金を何度も見遣りながら誘惑と葛藤し、意を決したように皮袋の金を全てカウンターにぶちまけてユウは素早くグラスの酒に口をつける。
途端、自身を内側から支配する豊かな香り。鼻から抜ける香りでさえ勿体無く感じる。舌触りは極めて滑らかで妙なクセもなく、スッと喉の奥へ入っていく。
これこそが酒だ。これと比べれば先程まで飲んでいた物など単なる泥水とも思えてくる。
「どうだ、美味いだろ?」
「美味いなんてもんじゃない。天にも昇る気持ちじゃ」
「そうだろそうだろ。そんだけ喜んで貰えりゃ俺もこの酒も嬉しいよ」
「じゃから、その金は取っといてくれ」
「いやいや、受け取れないよ。それにこの金は訳ありなんだろ? こんなガキみてーに小銭ばっか集めてまともな金なわけがねー」
「……借りもんじゃ」
「なら、尚更だ。借りた金をこんなとこで使うもんじゃねーさ」
「いんや、ワシは払う。残りの酒代も全部じゃ。だから、オヤジ教えてくれ! ワシに手っ取り早く金を稼ぐ方法を。借りた金を返せんばかりかこんな美味い酒を馳走してもらうなんてワシの道に反する」
曲げず頑固にそう言い張るユウに困り果てながら店主は腕を組んで唸る。
「とは言っても、お嬢ちゃん売春婦なんてやる気はないだろ? お嬢ちゃんなら1日20リブラ、上手く金持ちを捕まえりゃ30リブラぐらいはすぐに稼げるだろうが……」
売春婦、男でありながらも身体は女。気持ちが男のまま男に抱かれるというのは些か気後れしてしまう。
即答できず、ユウが口ごもるのを見て店主は吹き出すように笑った。
「冗談だよ、俺としてもお嬢ちゃんに売春婦を勧めるなんてことしたかねー」
「いや、ワシは……」
「ところでお嬢ちゃんは腕っ節には自信があるかい?」
「あるもなんも若い頃、いや今でもゲンコツのユウちゃんは健在じゃ」
「ユウちゃんってのかあんた。とても腕っ節が強そうには見えないが、なら話は早い。これもあんまり勧めたくはないが、売春婦よりはマシだろう」
「なんじゃ、あるんかいな。金を手っ取り早く稼ぐ方法が」
「但し、命の保証はできないぜ。それはなーー」
「ここじゃの、『ギルド管理協会』っちゅーのは……」
皺の寄ったな紙に乱雑に書かれた極めて見づらい地図。それを頼りにユウは入り組んだ街を右往左往してようやくたどり着いたのがこのギルド管理協会。
着いてみればそこは昨日、日本に帰る方法を探している際に何度か通った場所だ。上層に上るための広い階段の横、縦よりも横に長い印象を受ける二階建ての建物だ。外壁はどこかヨーロッパ旧市街的なパステル調の水色で塗られており、壁一面に窓がつけられている。古びたレンガの屋根は今にも落ちてきそうで、窓枠はゴシック的かルネサンス的か、はたまたバロックかロココか。よく見れば所々に多方面の建築様式が取り入れられているようにも思えるが、それがこのギルティアにおける伝統的な建築様式なのかもしれない。
一言でまとめるならテーマパーク的と言ったらいいだろうか。
純和風的な建築物にしか馴染みのないユウはまさしく恐る恐ると言った感じに建物を行き来する人波に乗り、扉に手をかける。
そうして中に入ったユウが最初に思った印象は実に馴染み深いものだった。
「田舎の市役所みたいじゃな」
各窓口ごとに仕切られた仕切りと木製のカウンターテーブル。そこには窓口ごとの担当者が対面に座り、来客の対応を行なっている様子。
極めて混み合った室内は順番待ち用の長椅子が備えられてあり、天井からは案内用の看板と壁には大きな掲示板が見えるが、どれも当然この世界の文字なので意味は理解できず。
どうしたらいいのか分からず、呆然と立ち尽くすユウの身体に急ぐ、または曇った顔をした老若男女がぶつかってくるが、彼らも自分のことに必死らしく、謝ってくる気配はない。
その様子から印象は一変、市役所というよりは職業案内所に近い。
「あの、あなたもギルド紹介希望者ですか?」
そんな折に背後から甘い声と共に肩を叩かれた。
振り向けばそこにはユウより僅かばかりか身長の低い薄桃色の髪を片側だけ結わえた少女が大荷物を抱えてはにかんでいた。
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