第3話 美少女の身体に生まれ変わって


「うぐわぁ……オエェ……頭が割れる……気持ち悪い…あんぐらいの酒で二日酔いたぁワシも歳かのぅ…」


 暗い路地裏、尻を置いた石畳の冷たさと活気に賑わう街の喧騒に目を覚まし、少女は頭を抑えて顔をしかめた。

 髪は綺麗な亜麻色で長い睫毛と大きな目が特徴的なあどけなさこそ残るもののアイドル的な可愛さを持った少女。100人いれば100人が振り返るほどの美貌ながら言葉使いは妙に年季の入った所謂おっさん口調でいて、多方面の訛りがちらほら見える。これが世間に言う残念なイケメンの対義語、残念な美少女だろうか。

 酒臭い呼気を漏らし、よろよろと立ち上がるその姿はまさしく酔っ払いそのもの。

 見慣れない路地裏を壁伝いに歩き、重そうな身体を引きずるように少女は街通りに出ると目を白黒とさせて硬直。


 ここは自分の知る土地じゃない。


 小高い山を基盤に段々と建てられた、まるでテーマパークのような家屋や出店の数々。目の前には頭は鷲、身体はライオンという奇妙な生物を中央に水を噴き上げる大きな噴水が。どうやらその噴水周りは憩いの広場的か、もしくは諸外国のようにシンボル的な要素を含んでいるのか色とりどりのレンガが放射線状に敷き詰められている。

 そして何よりも驚くべきは噴水周りを駆ける子供達も街を歩く人も大量の荷物を積んだ荷車を引く商人らしき者も皆、人種がバラバラなこと。白人、黒人、黄色人種は勿論のこと、顔が犬、耳だけ獣、終いにはトカゲのような面の者までいる。


「なんじゃあ……ここは……? 酔っ払って舞浜にでも来てしまったんか……?」


 人種は、いや生物そのものが違うとも思える人々だが、言葉は通じるらしく街中を見渡してみると皆が皆、楽しそうに、または神妙な顔、取っ組み合いの喧嘩をするなど分け隔てない交流をしてる模様。

 飛び込んできた異国の景色に二日酔いの頭痛や吐き気などすっかり忘れて、ただ呆然と立ち尽くす少女。


「お嬢ちゃんどうした? まるで鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔して」


 少女が出てきた路地裏のすぐ横に店を構えていた店主と思わしき初老の男が見兼ねて声をかける。

 ここは何屋だろうか。

 アクセサリーや武具のようにも思える金属製品を扱う店のようだが、どれもテーマパークで売るような玩具には思えない。

 店先に並べられた鋼の剣は見るからに本物で、人を魅了してしまいそうに怪しげで無骨に鈍く銀色に輝いている。


「のう、オヤジ。ここはどこじゃ……?」


「オヤジって……確かに老いちゃいるが、おじさんも心はまだまだ現役だよ?」


「ええから早く答えんかい!」


「こ、怖ぇお嬢ちゃんだなぁ……」


 少女の可憐さからは想像もつかない剣幕にたじろぎ、店主は顔を引きつらせるが、気を取り直してと咳払いをした。


「なんだいお嬢ちゃんも新参者かい? ここはギルティア。言わずと知れたギルド国家さ! 最近はあの件もあり、お嬢ちゃんみたいな夢見る新参者が多くてね。商売人のおじさんとしては稼ぎ時ーー」


「ーーちょお待てぇ。お前ぇ……今なんつったかのぅ……」


 店主の胸ぐらを掴み、少女は鋭い瞳で睨みあげる。


「え? えぇ…そ、その…ここはギルティアでーー」


「ーーアホっ! その前じゃ!」


「お、おお、お嬢ちゃんも新参者か…い…?」


 人1人どころか何人も殺めていそうな鋭い目つきのまま少女は短く舌打ちをし、店主を掴んでいた手を乱暴に解いた。


「ワシが女に見えるんか? 東京、いや日本においてもこれ以上にない男らしさ溢れるワシが女に!?」


「へ、へぇ? いや、言ってる意味が…?」


「なんじゃあ!? 確かにタッパはないが隠しても隠しきれない男らしさがぁーー」


「何を言ってるか理解不能だよ! 自分の姿見てみなって! その姿で自分が男だって言うならおじさんはもう世界が信じられなくなっちゃうよ!!」


 バタバタと店の売り物を蹴飛ばしながら奥に引っ込んで行った店主は手鏡を手に少女の元へ戻ってくるとその手鏡を押しつけるように手渡す。

 それを手にした少女は威圧的かつ、疑心的な目で店主を睨み、手鏡を覗いた。

 どうせ映るのは渋くて漢気溢れる馴れ親しんだ顔。

 そう高を括っていた少女は鏡に映る可愛いらしく愛らしい姿を、自身の写し身を見て絶句する。


 そこに映ったのはあの神田の人喰い鮫、またはゲンコツのユウちゃんと呼ばれ、怖れられた漢、鮫島勇三郎ではなかったのだ。


  年齢にして十代半ばか後半ぐらいか。アイドルのように綺麗な顔立ちで真剣にこちらを見つめるのはまさしく女性の顔。

 鏡を手に持ちながら石像のように固まった少女はその場からしばらく微動だにしなかったという。





◇◇◇





「なんでじゃぁ…ワシはワシは…なんで女、それも娘と同じぐらいの女子になってしまったんじゃあ…」


 噴水広場から徒歩数分。展望台のような体裁で設けられた物静かな丘の上。その下には赤い屋根の家が全方位に向けて広がり、そこから眺める景色は全てこの街の建物で埋め尽くされている。

 まるで欧州、世界名鑑にも記載されていそうな絶景にも目をくれず、少女は重たく深いため息を吐く。


「「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」」


 長いため息が見事に重なった。

 木造りのベンチに背を丸めて座りつつも気だるそうに少女は首を動かした。

 見るとすぐ隣に陰鬱な顔をした青年が少女同様、世界の終わりのような雰囲気で力のない瞳を虚空に彷徨わせていた。


「……なんじゃい若いの。そんな深いため息、幸せが逃げるぞ」


「……えぁ? そんなのお互い様じゃないか……」


「ワシの方はとっくに幸せなんぞ裸足で逃げ出しとるわ。なんせ……いやぁ、なんでもない」


 喉元まで出かかった「目を覚ましたら女の子になっていたんじゃからのぅ」という言葉を飲み込む少女は重々しく首を振った。

 どうせ弱音と共に状況を吐露したところでこの青年が解決できる問題でもない。それどころか下手なことを口走れば頭のイカれたやつだと思われてしまうだろう。実際、自分が不意にそんなことを聞かされたならば、そいつを可哀想な目で見てやることしかできないのだろうから。


「どれ、話してみろ。ワシが聞いたる。聞いてスッキリする話やもしれんし、サクッと悩みを打ち明けてみぃ」


「……いいよ、君に話したところで何か解決する話とも思えないし」


 さすが荒くれ者の多い極道組織の親分か、自身の抱えた悩みをその瞬間だけスッキリと忘れて青年の愚痴でも聞いてやろうか、と意気込むがそんな好意も虚しく一瞥だけされて無下にされてしまう。


「えぇから話してみろ! 何でも最後まで聞いてやる! ドン、とこの胸に飛び込んでこんかい!」


「……ふっ、素性も知らない女の子に愚痴を溢すほどーー」




「ーーワシは勇ざ……『ユウ』っちゅうもんじゃ! 帰る場所もない仕事もない流浪人。どうじゃ、ワシの素性は知れたじゃろうて」




「……ユウさんさ、君って変な人だね。確かに僕は君の事を知った、だからって僕が君に悩みを打ち明ける義理はないし、ほぼ初対面の人へすぐに悩みを話すなんて普通に考えてありえないよね? それに流浪人って…ははっ…そんな人に尚更、話す気なんて起きないよ。本当に君に話したって何にもならないんだからさ」


「ええから話さんかい!! あんまり横でぐちぐちクヨクヨしとるとその陰気な面ぶっ飛ばすぞぉ!!」


「ふぐわぁッ!? も、もう殴ってるじゃないかぁ…!」


 ユウの拳が深々とめり込んだ頬を不服そうにさすりながら青年は涙目を向けた。

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