第2話 ゲンコツのユウちゃん
東京、浅草の飲屋街。
煌々と辺りを照らす赤提灯が一際目立つ、夜更け過ぎに一軒の居酒屋はいつにも増して賑わいでいた。
「ギャハハハッ!! …おーい、もっと景気良く酒持ってこんかい!!」
強面の老若たちが大酒をかっ喰らい、奥の座敷で馬鹿騒ぎを繰り広げる中、店の主人含め、従業員たちは忙しく身体を動かしていた。
極道の宴会。
その年齢もバラバラの男たちは皆極道である。
「おい、新島ぁ。カタギに迷惑かけたらいかんじゃろ」
その人々が恐らく、できれば関わりたくないであろう風貌の男たちに囲まれ、上座に鎮座する初老の男こそこの組員たちの親分、鮫島勇三郎である。
172センチと身長が高いとも言えない勇三郎だが、広い肩幅と他を圧倒するような威圧感がそれを感じさせない。
50過ぎという年齢にして若者に引けを取らないガッチリとした身体を着物の内に隠し、虎をも射殺す勢いの鋭い眼光は今も昔も変わらぬまま。頬には刀による傷跡が深々と刻まれている。
屈強な身体を丸め、静かに酒を嗜んでいた勇三郎の迫力に若衆、新島はびくりと身をすくめた。
「へ、へい! すいやせん親父!」
だがまぁ、ついついハメを外してしまいたくなるのも分からなくもない。
今日は長年対立関係にあった新宿極道との抗争に終止符が打たれた日だ。勇三郎率いる鮫島組がカチコミ、見事勝利を収めた今日この日、東部会次期当主の候補者の中でも勇三郎の名が一つ飛び抜けたのは目に見えている。
任侠を持って下には注意をしたが勇三郎自身もうずうずと馬鹿騒ぎしたいのを我慢していた。
「いや〜しかし親父、今日は流石でした」
我慢していた。
だが、思わず若頭・鰐淵の賛美の言葉に耳が嬉しく反応する。
「まさか、切り込み隊長も
「マジっす! さすが親父!」
「よっ! 神田の人食い鮫!」
「痺れました親父!」
「一生親父について来ます!」
「三代目は間違いなく親父に決まりっすよ!」
「親父ぃ〜好きだぁ〜!!!」
鰐淵の言葉を皮切りに他組員たちも揃って口々に勇三郎を褒め称えた。
凶悪な面の口の端がピクピクと不気味に上がる。嬉しくてしょうがない。
肩が跳ね、心の奥底から止めどなく喜びの感情が溢れ出てくる。
「わ…わしは誰じゃあ…?」
重厚なドスの効いた声。
人殺しのような怪しく光る目を細め、口で曲線を描きーー
「鮫島組、鮫島勇三郎!!」
我慢の限界に達した。
「違う!! ゲンコツの勇ちゃんとはわしのことじゃぃ!!!」
大気を震わせん大声が店のガラス戸をビリビリと揺らす。
「ゲンコツの勇ちゃん!!!」
「誰がちゃん付けで呼んでええって言ったか!?」
「ゲンコツの勇さん!!!」
軍隊のように統率のとれた組員たちは一斉に一言一句ズレることなく親分の言葉に応えた。
「わしは誰じゃい!」
「「ゲンコツの勇さん!!!」」
「漢の中の漢!」
「「ゲンコツの勇さん!!!」」
「任侠と書いて!」
「「ゲンコツの勇さん!!!」」
「いいぞ! もっと言わんかい!!」
「「ゲンコツの勇さん!!!」」
それからは阿鼻叫喚、感情の抑制が効かなくなったゲンコツの勇ちゃんこと鮫島勇三郎を筆頭に皆はウワバミのように酒を飲み、溺れ、騒ぎ、我を忘れて狂喜乱舞の酒宴が開かれた。
そして酒に弱い若衆から徐々に己の吐瀉物にまみれた泥のように眠り、それが徐々に徐々に組員たちに連鎖していくとーー
「なんじゃい…口ほどにもないのぅ…」
一升瓶をラッパ飲みし、顔を赤鬼のように真っ赤にした勇三郎は不満げに口を尖らせた。
構成員30余名。
極小組でありながら構成員に支えられ、それを率いて来た鮫島勇三郎。
あまりの恐ろしさにか、店の従業員さえも近づかなくなってしまいすっかり静まり返った広い座敷部屋で勇三郎はくいっとまた一口酒を煽った。そしてまた一杯、もう一杯と。
止める者は皆、眠りこけてしまっている。勇三郎は記憶のなくなるまで1人、残った酒を飲み続けた。
次第に瞼が重くなるのを感じるとそのまま壁に寄りかかる感じで目を瞑る。
こんな風に気の知れた仲間、
恵まれている。
そう感じながらゆっくりと勇三郎は夢の世界へ身を沈ませて行った。
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