異世界任侠生活 〜 極道親分、美少女になっても漢気忘れず頑張る! 〜

むむむろく

第1話 約束

「ねぇ、生まれ変わったら何になりたい?」


「なんだ藪から棒に……」


 周辺を広く見渡せるような高い丘の上、少女は傍の幻獣グリフォンに尋ねた。


「ミアナ、お前は今からこの土地を豊かにし、人々を護り、率いるという重大な役目が控えているんだ。それを生まれ変わったらなどとは……。まさか今ここから飛び降りようとは考えておらぬよな?」


「あはは、そんなことするわけないじゃない。私、痛いのはすっごく嫌いなのよ?」


 乾いた風に金色の髪を揺らし、ミアナはケラケラと口を押さえて笑った。

 このミアナという少女、類い稀なき才を持ちながらもどこか間の抜けた、そんな雰囲気を持っている。


「ほら、私たち人間って長く生きられたとしても100年あるかないかじゃない? もっと長生きできたらこの荒れ果てた土地が息を吹き返し、人々で賑わう平和な街になるのを見届けられるのになぁって。……ううん、人間だけじゃなくってもっと……」


 この地に生息し、人々を寄せ付けようとしなかった魔物や魔人たちとの戦いを経てすっかり疲弊しきった仲間たちの姿を見下ろしながらミアナは眉を下げた。

 岩だらけの大地、時折吹くから風は赤い土煙を舞い上げて踊る。

 なぜこの地をあれだけの魔物たちが蔓延っていたのか、それは知る由もないことだが、ミアナには僅かとも言いにくい自責の念があった。

 凶悪な魔物たちに住処を追われ、辿り着いたこの大地。見渡す限り、そこら中に魔物はいた。

 木々もない。水場もない。もしかしたらそれでもここは魔物にとっての楽園だったのかもしれない。

 開拓といえば聞こえがいいが、実際は略奪。そう、ミアナたちは魔物たちの住処を略奪したのだ。

 例え、それが自らの家族の命を奪った相手だとしてもやはりいい気持ちはしなかった。

 仲間はミアナを英雄、女神、救世主、聖女などと呼び持ち上げるが、そうではない。自分は『復讐者』なのだから。


「みんなが仲良く暮らせるようなそんな街に、ううん国、世界にしたいの。だから生まれ変わってもここにいたい」


「ならば我が力でその望みを叶えてやる。永遠に生きられるよう絶えぬ命の灯火をーーぬぐぅっ!?」


「違う! そんなの全然違う! グリフォンは何にもわかってない!」


 羽を鷲掴みに毟り取り、ミアナは頬を膨らませた。


「そうじゃないわ、グリフォン。永遠の命なんていらない。私は自分が、いえ仲間たちと築き上げた街で生まれ、暮らしたいの。ねぇ、グリフォン。あなたは生まれ変わったら何になりたい?」


「何になりたいもなにも……我ら聖獣は死という概念がない。もしも身体が朽ち果てたとしてもすぐに元の姿に再生する」


「あら、あなたたちってつまらないわね」


 唇を突き出して、ミアナは目を細めた。


「私はね……男の子になりたいな」


「な、なぜだ。女子は素晴らしい存在だ!」


「なんか目がえっちだよ。……えっとね、ガスト達が言ってたの」


 タッと小さなジャンプをして崖際ギリギリに立ち止まったミアナは両手を広げて、振り返った。

 赤く焼けた太陽の光を芯に受け、輝くその様はまさに聖女といったところか。




「景色の良い場所でする『立ちション』は何にも変えがたい幸福であり、女には決してわからない男の特権だって!」




 神秘的とも感じるその立ち姿、輝く笑顔で放たれた言葉に思わず、グリフォンは足を滑らせる。


「ガストが言ったのか、あの半端者が!?」


「ふふっ、ウソウソ冗談よ」


 後でガストに会った時はその胸に鉤爪を突き立ててやろうと画策していたグリフォンの頭を撫でて、からかうような笑みをミアナは浮かべる。


「でも、男の子になりたいのは本当よ。だって、女の子にはわからないこと、やりたくてもできないこと、冒険にだってどこへだって行けるし、殴り合いのケンカをした友達と笑って手を取り合ったりすることもできる。考えただけでワクワクするわ」


 若干の間違った解釈がいくつか見られるが、愉しそうに話すミアナの言葉にグリフォンは黙って耳を傾けた。


「きっと私は男の子に生まれ変わってここにできた賑やかな街で生活し、人の助けになるようなことをいっぱいするの。みんなで仲良く、人間だけじゃない。獣人や竜人、魔物だってみんな仲良く!」


「まさに夢と希望だな」


「夢や希望を抱くのは誰しもが持つ特権よ、グリフォン」


 突き立てた人差し指でグリフォンの眉間を小突くとミアナはしばらく黙る。

 そして、囁くような声でまた言葉を紡ぎ始めた。


「でもね、みんなと離れ離れになっちゃうのは寂しい。勿論、グリフォン、あなたとも」


「生まれ変わってもここに来るのであろう。ならば我はここで待つ。死の概念がない、我だ。それが例え永遠に近い時間だとしても待ち続けることができる。お前が現れるまでずっとこの場所でな」


 俯き気味だったミアナの顔が上がり、グリフォンの頭を抱くようにしてミアナはギュッと手を回した。


「そうね、きっとみんなであなたに会いに行くわ。約束しましょう」


「我はお前、1人に会えればーー」


「そんな冷たいこと言わないの! そうね〜そう、300年後! それなら寝坊助の私だってきっと生まれ変われてるはずだから」


「300年後か……わかった。約束しよう、必ず迎えに行く」


「迎えに? 私から会いに行くわよ。みんなを連れてね。だから、その時に証としてーーーーを渡してちょうだい。きっとそれで忘れてたとしても思い出せると思うから」


 グリフォンはミアナに顔を寄せて、ゆっくりと瞬きをすると一度だけ小さく頷いた。

 赤焼けに照らされた2つの影。

 それは聖獣と少女の小さな友情、そして約束を交わた史上最後の瞬間であった。





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