第4話 ユウ


「本当にさ、君に話したところでどうにかなる話じゃないんだけどさ……はぁ……」


 再びの長いため息の後、青年は観念したように地面へ視線を固定したままぽつりぽつりと言葉を繋ぎ始める。


「田舎からさ……意気込んで出てきたんだ。ギルティアで一流ギルドに入って名を上げてやるって、それで両親や兄妹たちを養ってやるってさ……でも現実はそんなに甘くないよね。上級ギルドは要件を伝える前に門前払い、中級ギルドもたくさん回ってみたけど鼻で笑われてまともに話を聞いてもくれない。おかげでこうして出したくもないため息を吐いて、地面と睨めっこさ。……さっきは笑って悪かったね。僕も君と同じ流浪人みたいなもの。決まったギルドにも職にもついていない。本当に……君を笑う資格なんてどこにもないのにさ……」


 話を聞いてみたは良いものの、ユウはイマイチ理解しきれずにむぅと低く唸る。

 そういえば、あの骨董品屋かなんかの店主も同じような言葉を口にしていた。そう、確かギルド。はて、ギルドとはなんだっただろうか。

 聞き馴染みのない言葉にユウは小首を傾げて小鳥のように目を瞬かせる。


「……のぅ……ギルドっちゅうんは所謂、会社みたいなもんかの? なんじゃ、就職が決まらなくて悩んどったんかい」


「……君さ、一体なんでギルティアにいるわけ?」


「なんでっちゅうてもな……ここにいたからここにいるんじゃが……」


「結論から言うよ。ぜんっぜん違う! 普通の職とギルドを同じにしないでくれ! ギルドっていうのはグリフォン様の名の下、国民を守るため国力を増強するための崇高なものだ。単なる仕事じゃない。中級以上のギルドに名を連ねることは最大の名誉で、上級ともあればそれは大国の上流貴族、はたまたは国王にも匹敵する力を持つんだ。それだけじゃない。中級以上のギルドにはギルド管理協会から多額の給付金とギルドの拠点となる住居が与えられる。それがあれば寝食には困らないし、なにより箔がつく。例えギルドが解散したとしても他のギルドからすぐに声がかかるだろうし、他国の城に招かれるかも知れない。一生安泰ってわけだよ。……わかったかな!?」


 一息でそこまで語り尽くした青年は肩で息をしながらユウさえも気迫負けしてしまいそうな剣幕で睨みつけた。


「お、おう。そのギルドっちゅうのは大したもんじゃな」


「そう、ギルドはすごいんだよ。……はぁ。まっ、今の僕には関係ないことなんだけどね。これまたタイミングが悪くてさ…」


「タイミング? なんじゃ、就職氷河期ってやつかいの?」


「しゅうしょくひょうがき? ちょっと何言ってるかわからないけど……例の祭りのせいさ」


「ほう! 祭りか!」


 生粋の江戸っ子、というわけでもないが下町で長く暮らしていたユウの心が祭りという単語に踊る。


「その感じじゃそのことも知らないみたいだね。祭りってのはさ、このギルティアが建国されてから300年後、ギルドの頂点に立っていた者たちにグリフォン様が舞い降りて最大の栄誉を与えるっていう言い伝えがあるわけなんだけどそれが今から2年後。そのおかげで年々、ギルド参加志願者や設立希望者なんてのが増えてるんだ。今や、中級以上のギルドなんて全体の1割程で、夢見る下級ギルドが溢れてる状況。そんな数少ないギルドにただでさえ競争率が高い中、それが倍以上に膨れ上がった状態で村でちょっとだけ優秀だった僕みたいなのが勝ち残れるわけないんだよ。勿論、僕もグリフォン様に謁見できるかもっていう微かな期待を持ってここに来たってのはあるけどさ。……ここまで苦労するとは思わなかったよ……はぁ」


 聞いたところユウの知る祭りとは規模も内容も違うようだが、つまるところは1位にはすごい商品が出るよ、ということらしい。

 町内の小さな祭り、大食い大会で見事チャンピオンとなり大型液晶テレビを獲得したことを思い出しながらユウは顎に手を置いて過去の栄光を懐かしむ。


「そいで、お前はなかなか自分の思ったように事が進まずここで腐っとったちゅうわけじゃな」


「そうだよ。……はぁ、なんでこんなことに……息巻いて村中に大口を叩いて来ちゃったからむざむざ戻ることなんてできないし……いっそのことここから飛び降りてしまおうかな……」


 弱々しい言葉を吐いて青年は柵の奥、壮大に広がる高台からの街並みに目を向ける。

 就職氷河期、ユウのいた世界でも問題となっていた。若者たちは自分のやりたい職業に就けず、またはどこの企業にも入社することが出来ず、病んでしまい最悪命を絶ってしまうというほどの社会問題だ。

 形こそ違えどわけのわからないまま異世界に飛ばされて女になり、最初に直面したのが元の世界と似たような問題とは、とユウは頭をかく。

 東京に出てきてすぐ極道の道を目指したユウには普通の会社勤めというのは正直わからないが、苦労したのは同じ。田舎のいきった若僧が本場の極道に相手にされるわけもなく、よく酒を飲み倒して暴れ鬱憤を晴らしていた。


「お前は本当に死に物狂いでやったんか? 全てを出し切ったんか?」


 だが、諦めずにいたからこそ今のユウがある。

 小規模ながら自分の組を持ち、本部にも名が売れた。夢は諦めなければ叶う。そう伝えたいが上手く言葉が出てこず、臭いセリフも吐きたくはない。夢半ばで死を選択することは一番悲しいことだと一番恥ずかしい負け方だとユウは伝えたいが、出てきたのは威圧するような一言。

 青年はユウを睨みつけ、ベンチに拳を叩きつけた。


「やったさ! やってもダメだったんだ! 君には何もわからない! 何も知らない君にとやかくいわれる筋合いはない!」


「そうかぁ? ワシにゃまだまだ元気に思えるがの?」


「ふざけるなっ!! いきなりなんだ君は!」


 青年の手から零れ落ちる真っ赤な血、ユウの胸ぐらを掴むその手。それをジッと眺めてユウは笑う。


「見てみぃ。お前にはまだ物にあたる元気もあるし、ワシの胸ぐらを掴んで大声を張り上げる元気もある。こんなとこでぐちぐち弱音を吐いてる元気もな。こんなとこで腐っとる場合があるんならその元気を自分の夢にぶつけてこんかい。死ぬ気でちゅうのはもう声も枯れて、指先1つ動かんくなるっちゅうことじゃ。命からがら、動くことさえままならんくなったらわざわざ自分で死のうとしなくても勝手に死んどる。それが死ぬ気ってやつじゃ」


「でも……」


「億劫な気持ちになったんならまたワシが火点けたる。だからそこまで頑張ってみぃ」


 落ち着いた口調で諭すように出たユウの言葉を聞き、青年の手に篭った力がゆっくりと抜け落ち、そっとユウの胸ぐらを離した。


「……不思議だな。ありふれた言葉のはずなのに君の言葉はなんだかすごく重みを感じる。確かに僕はまだ頑張りきれてなかったのかもしれないなってね」


「たり前じゃ。ワシは鮫島組組長だからの」


 さきほどの陰鬱な雰囲気は消え失せ、青年の顔から小さな笑みが溢れる。そして、両手で自分の頬を何度も叩き、気合いを入れた。


「ありがとう、僕、もうちょっと頑張ってみるよ」


 そう感謝の言葉を告げて青年は小さな袋をユウに手渡した。それはずっしりと重く、金属の擦れる音をさせる。


「なんじゃぁ…こりゃ…金か?」


「君も悩みを抱えていたみたいだからね。流浪人って言ってたからきっとお金に困ってるのかなって」


「馬鹿にするな。こんなもん受け取れるはずがないじゃろ。お前だって裕福なわけじゃあるまい」


「て、いうのは建前さ。これは僕から君に対する純粋なお礼。全部で1ソリドゥスほどしかないけどどうか受け取ってほしい。僕は君の言葉に救われたんだからその対価としてどうか」


「……わかった」


 しばらく悩み、沈黙した後、ユウは重たそうに首を縦に振った。


「この金は借りた。貰ったのではなく借りた。だから、今は受け取っておこう。実際、金に困っていたのは事実じゃしの」


「ふふっ、君は変な人だね。君が満足ならそれでいい。それじゃあ」


 先程まであれだけ重そうに丸めていた身体を伸ばし、青年は腰をあげる。


「僕はセルシオ。またどこかで出会えることを祈っているよ」


「アホぅ、金借りてんじゃ。血眼で探して返しに行ったるわ。それに…いいギルドに入って有名になるじゃろ? そんなら探す手間も省けるわ」


 青年はユウの言葉へ微笑みだけ返すと、颯爽とその場を去って行ってしまった。

 街外れの静かで小さな展望台。そこに1人残されたユウは元気に駆けていく青年の背中をしばらく眺めた後、手に持った重い皮袋に視線を落とした。


「しかし、ワシはいったいどうしたら元の姿、元の世界に戻れるんじゃろうか…」


 抱えた大事に頭を悩ませながら、しばらく持たされたソリドゥス銀貨を眺めてユウはため息をつく。

 偉そうに説教垂れたが、自分も同じだと気付き情けなくなったのだ。


「ほいじゃ、ワシも死に物狂いでやってみるかの」


 口ではそういうものの明らかに覇気のない口ぶりで気だるそうに立ち上がり、ユウはふらふらと街中へ向けて歩き出した。

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