第16話 ネトスト
その春、僕は恋をした。
顔も、声も、名前も、何も知らない彼女に。
僕は、本気で彼女を好きになってしまった。
僕には友達が居ない。
勿論、彼女なんて居るわけない。
毎日インターネットに明け暮れる日々。
新しくSNSを始めた。
LINEなんて繋がる友達は居ないけど。
インスタグラムなんて投稿する写真もないけど。
そこで知り合った、同じ趣味を持つ『月華』さん。
彼女は都内の大学に通う19歳らしい。
いつも僕の投稿にいいねをくれる。
『それ、私も好きです💖』
『私達気が合うかもしれないですね!✨』
『もっとお話してみたいです🥺』
彼女からのいいねだけが楽しみだった。
彼女がタイムラインに居るだけで嬉しかった。
彼女が返信をくれる度、胸が高鳴った。
いつしか、僕は彼女を監視するようになった。
彼女のいいね欄を常に漁った。
彼女が投稿したら通知が来るように登録した。
彼女の投稿に誰かが返信した。
『ここ俺も行ったwしかも地元ww』
誰だよ、お前。
あ、またコイツ。
『ここの焼き鳥美味いよな!』
何だよ。同じ店に行ったのか?
まただ。またコイツだ。
今度はどんな事言って――
『今度良ければ会わない?w』
画面をスクロールする指が震えた。
スマホを持つ手が震えた。
全身が震える。
自然とソイツのプロフィールを開いていた。
女性にばかり返信している。
何だ、コイツ?
その時、通知が鳴った。
彼女が投稿したんだ。
通知を開くと、返信先にアイツのアイコン。
『良いですよ!LINE送りますね💓』
は?
いつの間にLINEなんて交換したんだ?
『明日はお出かけだからもう寝まーす😴』
『明日12時に久々に○○行くw』
二人の投稿から、日時と場所を特定した。
待ち合わせの時刻。僕は月華さんを見付けた。
彼女は出かける度服装を載せるから簡単だった。
マスクをしていてよく顔が見えない。
憧れの彼女は目の前なのに僕は動けなかった。
近付く勇気も、話し掛ける勇気も、僕にはなかった。
僕が彼女に見てもらえるわけなかった。
家に帰ってベッドに伏せて泣いていると。
ピコン、と通知の音がする。
スマホを触るのも億劫だったが、自然とアプリを開いてしまう。
『楽しかったー🎶また会いたいなぁ💖』
――ああ。
彼女を喜ばせられるのは僕じゃない。
『俺も!またLINEするw』
――ああ。
本当に彼女にはこの男が相応しいのだろうか。
『今度良ければ通話しませんか?💓』
どうして。僕にはそんな事言ってくれなかったのに。
そんな男より僕の方が君を愛してるのに!
『あはは、何それ〜』
「笑えるでしょ?まじウケるよな〜」
『●●くんって面白いね!』
最近SNSで出会った月華は、どうやら俺に気があるらしい。
いつもハートの絵文字付けるし。
何ならエンカしたら「また会いたい」って言うし。
「あれ?今なんか音した?」
『え?してないけど……』
「気のせいかな?でさ〜」
確かにガタッて音がしたような気がしたけど、気のせいかw
そう言えば最近風強いし。
ゴミでも飛んできたんじゃね?w
ガチャリ。
「あ?」
今度は確かに、玄関から鍵が開くような音がした。
「誰だぁ……?」
『●●くん、大丈夫?』
「あー、多分ダチだわw見てくるww」
んだよ、驚かすなよ。
俺の家知ってるって事は、ユウか?タクミか?
「びっくりさせんな――」
ゴキリ。
ミシ、パキ。
ズル……ズル…………。
『●●くん?今変な音したけど?』
ピチャ。ピチャ。
『●●くん?大丈夫?●●くん!?』
「アイツならもう出ないよ。」
『だ、誰……?』
「ぼ、僕は××。……覚えてない?」
ズル……ズル……。
「き、君に近付く害虫を駆除した。今からそっちに――」
ザクッ。
背中に鋭い痛みが走る。
鼓動に合わせて何かが体外へ流れ出ていく感覚。
そして、足元に這う頭の潰れたあの男。
「てめぇ、ふざけんな……」
何だよ。大人しくくたばっててくれよ。
「誰なんだ、てめぇ!!」
『ゴッ。
ジャリ……グシャ。ドン。
…………。』
音がしなくなって数分。
通話を切ってSNSを開く。
今日も今日とて沢山の通知。
「……今回は早かったなぁ。
ほんとーにみんな私が好きなのね。」
●●と××をブロックする。
遠くの方でサイレンが鳴り響く。
みんな、面白いくらい私を愛してくれる。
次も、殺す程愛してね?
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