第3話 憶測

あの子の憶測は、憶測の癖によく当たっていた。

だから私はあの子が嫌い。

憶測しか出来ない癖に、それが全部事実だから。



あの子は噂話が大好きだった。この学校に噂話が絶えなかったのはあの子が居たからだろう。いつもどこに居ても誰かの噂話が耳に入ってくるような学校だった。良い噂も、悪い噂も、何でもあった。


あの子は二年生の二学期にこのクラスに転入してきた。今思うとこのクラスの輪が乱れ出したのはその頃だった。


三組の上本君って、未成年飲酒してるんだって。

一組の浅田さんと三年の池永先輩は付き合ってるんだって。

昨日の夜、うちのクラスのやまねちゃんが夜遊びしてるのを見ちゃったんだよね。


これら全部、あの子が放った噂話たち。



一度誰かが口にした噂は忽ち学校中に広まっていく。

教師の耳に入るのも時間の問題だ。上本君は退学になってしまった。

グループからクラス、クラスから学年、学年から学校中へとどんどん枝を張り巡らせていく噂の種。池永先輩は二股を掛けていたらしく、浅田さんは心を病んで学校に来なくなってしまった。池永先輩も誰も知らないうちに学校を辞めていた。

やまねちゃんはいけない事をしていたのがばれ、それが家庭内で問題になり両親が離婚してしまったらしい。


ただの何の根拠も無い「噂話」が、人を壊していく。

学校からは、生徒が少しずつ減っていく。


あの子は今日も噂話を辞めない。



ある日、私は初めてあの子に話し掛けた。

あの子は「君と話したの初めてだよ。名前なんだっけ?」って明るく返してきた。

私は思い切って訊ねる。

「どうしてあなたはみんなの事をよく知ってるの?」

あの子は一瞬きょとんとしたけど、ふっと不敵に笑った。

「そんなの全部憶測に決まってるじゃん。ほんとに全部見たり聞いたりした訳じゃないよ」

苦笑いしながら冗談っぽく返された。

「でもね、憶測って怖いよ。

私が適当に言った事をみんなが信じて広めると、それが事実になってしまうんだもの」

え。それってどう言う……


「君も気を付けな。私に嫌われると、君もあの子達みたいになっちゃうかもよ」


口元に手を添えながら、にっこりと笑ったその顔は。



あの子の憶測は全て現実。

あの子は今日も誰かの噂話をしている。

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