コワレカケタ、トウロウ

RGD

壊れかけた灯篭

 ここは、既に廃墟と成り果てた神社。

 この神社には、こんな言い伝えがあった。


『夜中の3時34分10秒に神社にある壊れかけた燈籠を蹴ると、女の子のお化けが出る』


 よくある時間を指定してある怪談話じゃん。そんな風に思っていたあの頃の俺は、相当な怖いもの知らずだったのだろう。


 あの頃。

 それは俺が小学3年生の時の話だ。

 ええと確か、あの時は―――







 夜が更けた頃、1人の少年が神社の燈籠の前に佇んでいた。海の近くなのか、静かな波の音が聞こえる。


「いーまーは、3時30分! 間に合った!」


 少年の名はユウキ。今日はこっそりと家を抜け出して神社跡に来ていた。なぜかって?女の子の幽霊お化けに会うためだ。それ以外に理由はない。


「燈籠は確かこれのはず……壊れかけてるもんね」


 ユウキはブツブツつぶやきながら燈籠の近くに座った。


 実はユウキは、クラスの皆も誘ってみたのだが、皆に断られてしまっていたのだ。怖いからという理由で。それでもユウキはお化けに会いたいがために1人で来てしまった。


「もうそろそろ34分……1、2、3、4……」


 持ってきた腕時計を見て、秒針の位置を確認する。


「……8、9、10!」


 10と言うと同時に、燈籠をそっと蹴る。カランッ、という乾いた音とともに燈籠の一部が欠け、地面に落ちて転がった。

 周りをキョロキョロと確認する。人はおろかお化けなどいくら見渡してもどこにもいない。


「なぁんだ……やっぱり嘘じゃん。なんでお母さんやお父さんもこんな話をしてたんだろう?」


 その直後だった。ビュオォォ!! という大きな音をたてながら強い風が吹き荒れた。


「う、うわっ!?」


 風が止むと、そこには何事もなかったかのように燈籠が鎮座していた。今の風で壊れた部分は一切無かったようだ。


「……何も出てこないね」

「誰?」

「うわわっ!?」


 ユウキは後ずさりながら急に背後に現れた人物を見た。笑顔で現れたその子は身長は130cmくらい、黒目黒髪で、可愛らしい目付きをしていた。洋服ではなく和服を来て、長い髪はふたつに分けて結ばれている。


「君は誰?」

「……ユウキ」

「ユウキ君ね。僕は言仁ときひと。幽霊なんだ。よろしく。」

「あ、うん…僕、ってことは男の子?」

「そうだよ?」


 女の子じゃないじゃん!とユウキは内心で怒る。

 足や手のひらが少し透けて見えることから、幽霊であることは間違いないようだが。


「本当に幽霊っているんだね〜」

「ま、姿を現すことができるのは20年に1回、しかも1時間だけなんだけどね。それも日が暮れてから。それ以上経つと消えちゃうんだ」

「へえぇ……」

「それよりユウキ君、何かして遊ばない?」

「遊び?何するの?」

蹴鞠けまり!」

「け、ま、り……?」


 聞いたことのない遊びに首を傾げたユウキに、勢いよく詰め寄った言仁は、「そう!」と言って説明を始める。


「こうやってね、この鞠を上に蹴ってね、下に落とさずに何回蹴りあげれるかを勝負するんだ!」

「面白そう!やるやる!」


 言仁は実演しながら分かりやすく説明した。


 ……蹴鞠。誰もが歴史の授業で平安時代のことを習っている時に耳にしたことがあるであろう。そのルールは簡単。鞠を何回蹴りあげれるかを競う勝負だ……ちなみに、大化の改新を成し遂げた中大兄皇子と中臣鎌足が知り合ったきっかけは、蹴鞠の最中に外れて飛んでいった中大兄皇子の靴を中臣鎌足が拾って手渡したことらしい。


「よーし、まずは僕から!一緒に数えてくれる?」

「いいよ!せーのっ!」

「「1、2、3、4……」」


 ユウキの結果は8回。言仁の結果は15回だった。


「くやしー!」

「ふっふーん、どうだ!」

「むむぅ、もう1回!」

「いいよいいよ!今度も勝つもんね!」


 ユウキと言仁はその後もずっと遊び続けた。蹴鞠だけでなく、お手玉やトランプでも。短い時間ではあったが、とにかく遊び尽くした。


 遊び終わる頃には、お互いのことを『ときくん』『ゆーくん』と呼び合うほどに、二人はすっかり仲良くなっていた。


 ……トランプの、いわゆる『ババ抜き』の勝負がついた時、ユウキがふと時計を見ると、時計は4時23分を指していた。


「もう4時23分だ。」

「あと10分くらいかぁ……」

「あ、そうだ。ときくんはなんで幽霊になっちゃったの?」


 急な質問に目をぱちくりさせながらも、当時をゆっくり思い出すようにしながら言仁は語り始めた。


「だぁいぶ昔のことだけどね、僕は海で溺れちゃったんだ。僕のお母さん代わりの人も一緒に……」

「え……」

「その時、周りの人も一斉に飛び込んで行ったんだ。敵に殺されたくない、って。神器を渡してなるものか、なんて言って海に飛び込んだ人もいたなぁ」

「……なんか、ごめん」

「気にしないで。逆に考えてよ、その時僕が死んだから今さっきまで楽しく遊べたんだ、って」

「……それも、そうだね」


 ちょっと悪いこと聞いちゃったな、とユウキは心の中で反省した。自然とその場に静寂が訪れる。

 すると今度は、言仁が質問した。


「ゆーくんのお父さんってどんな人?」

「え、僕のお父さん?」

「うん」

「……えーと、いつもはグータラしてるんだけど、釣りをする時は別人みたいにかっこよくなっちゃうんだ!」

「漁師さんなんだ?」

「うん!特にかっこよかったのが、鰹の一本釣り!サッと鰹を釣ったあと、すぐにまた釣るんだ!連続ですごい数の鰹を釣っていくのはかっこよかったなー」

「へぇ、すごいね!僕も見てみたいなぁ」

「ときくんのお父さんはどんな人なの?」


 ユウキが質問すると、言仁は「その質問を待ってましたぁ!」といわんばかりのもの凄い笑顔になってこう言った。


「僕のお父さんはね、天皇なんだ!!」

「てんのう?」

「ありゃ、分からない?えーと、簡単に説明すると、日本の王様みたいな人のことなんだよ!」

「え、じゃあ、ときくんは王子様?」

「そんなかんじ〜」

「じゃあお母さんはお姫様なの?」

「まあそうだね。徳子っていう名前でね、すごーく賢くて綺麗な人だったんだ!」

「すごーい!」

「歴史を知ってる人が僕のお父さんやお母さんのことを知ってるかもしれないね。もしかしたら僕のことも知ってるかも」

「じゃあ今度知り合いのおじちゃんに聞いてみるね!」


 きゃっきゃっと騒いでいると、急に言仁の手が透明になって消え始めた。


「ときくん、手が……」

「……もうそろそろ、時間みたいだね。」

「時間って、お別れの?」

「うん」

「そっか……早いなぁ……」


 1時間しか遊べない。それは分かってはいたが、いざお別れの時になると胸にこみ上げてくるものがあった。


「そんな顔しないの、ゆーくん。また会えるんだからさ。あと20年はかかるけど」

「ええ、せっかく仲良くなれたのに……」

「じゃあ、約束しよ?20年が経ったら、絶対に1度は会いに来るって。」

「……うん!分かった、約束!」


 ユウキがそう言った直後、言仁の身体が消え始めた。


「じゃぁね。」

「また20年後……だね」


 2人で、ニコッと笑う。

 言仁はだんだん色が薄くなって、やがて消えた。


「悲しいけど、また会える。泣かなくて、いいよね」


 ユウキはそう呟いてその場を後にした。

 辺りには未だに、寂しげな波の音が響いていた……







 その数日後。

 ユウキは、自分の家の隣に住む『古川おじちゃん』の家に来ていた。言仁の正体を知るためだ。


 ……ユウキは古川おじちゃんと気楽に呼んでいるが、実は超有名な歴史学者なのだ。ついでに、趣味で超常現象を調べている変わり者の人物でもある。


「おじちゃん!」

「んー?おお、ユウキ君じゃないか」

「今日はね、おじちゃんに聞きたいことがあって」

「ほう。歴史のことかい?」

「うん。あのさ、実はこの前、幽霊に会ったんだ」

「ふむ?」

「それでさ、その子は『天皇の子』って言ってたんだ。」

「ほう!?」


 ユウキの言葉に、少し驚いた様子を見せるおじちゃん。


「天皇っていうのは、昔の日本の王様なんだよね?」

「ま、まぁそうだな」

「じゃあお母さんが『徳子』っていう名前の、天皇の子供っているの?」

「徳子、な……ちょっと待っててくれ」


 おじちゃんはバタバタと奥の部屋に入って行った。

 30分後、またもやバタバタと音をたてながらおじちゃんが奥の部屋から戻ってきた。


「遅くなったな。……多分だが、見つけた」

「名前は、言仁?」

「そ、そうだ」

「その子って、溺れ死んだ子?」

「……確かに、そうだ。間違いない。名前は言仁皇子ときひとのみこ。死後、安徳天皇という名前を付けられている」

「……天皇!?」


 安徳天皇。3歳で即位し、8歳の時に死亡した哀れな人物。死亡する時に起きた戦いは『壇ノ浦の戦い』だ。壇ノ浦の戦いは誰もが知っているだろう。そう、平氏が滅亡した戦いだ。


「今から800年くらい前の話だ。たくさんの船に乗った兵士達が激しい戦いを始めた。片方は平氏って呼ばれる人達、もう片方は源氏って呼ばれる人達だ」

「平氏、源氏……どこかで聞いたことがあるような」

「有名だからな。それで、勝負は源氏の勝ち。平氏は負けたんだ。戦いをそばで見ていた安徳天皇は近くの乳母……母親代わりの人だな、その人に連れられて一緒に海に入って自殺したんだ。二人が自殺したあと、神器を持って海に入った人もいるらしい」

「神器って?」

「おっと、説明を忘れてたな。神器っていうのは、正確には三種の神器と言ってな、それがないと天皇になれない大切なものなんだ」

「へぇ……って、海に落ちたのに神器はなくなってないの!?」

「3つのうち2つは無事見つかったそうだ。だが、1つだけはどれだけ探しても見つからず、それからは代わりの物を使うことになったらしい。」

「ふーん……」

「聞きたいことは終わりかな?」

「うん。ありがとう、おじちゃん!」

「いえいえ。またおいで。」


 おじちゃんの家を出て、家に帰る。

 空が鮮やかな赤色に染まっているのが見えた。とても綺麗な夕焼けだ。明日はきっと晴れだろう。


「ときくんにも見えてるかな、この夕焼け―――」







 ―――これが今から20年前の出来事だ。


 俺ことユウキはまた、時間通り神社跡に来た。約束を守るために。

 また、あの子は俺と会ってくれるだろうか?それとも、あの子は俺を呼んでも来ないだろうか?


 そんなことを考えていると、時計が3時34分を指したのが目に入った。そして秒針が10秒を指した瞬間。


 燈籠を、蹴った。


「また来てくれたんだね。嬉しいよ、ゆーくん」


 振り向くと、初めて会った時そのままの笑顔でこちらを見ている言仁の姿があった。




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