4 ひともムジナもおなじ穴(6)

 るーぷる仙台は、仙台市内の名所を巡る一方通行の循環観光バス。

 仙台駅を起点にしたコースを走り、仙台まるごとパスという、仙台市を含む周辺交通機関の共通乗車券を使えば乗り放題。観光客に人気の交通手段だ。

 あやねたちはホテル最寄りのバス停から、るーぷる仙台に乗ることにした。


「まずはずいほう殿でんに行きましょう」


 日傘を差した深雪が、ホテルでもらったマップを広げてうきうき顔でいう。


「二〇〇一年に改修したんでしょう。きっととても綺麗ね」

「そんないかにも観光客が行く場所が最初か」


 渋い顔をする太郎に、深雪がふふと笑う。


「正真正銘観光客だから、いいの。名所っていうのはね、大勢に人気だから名所でもあるのよ。あなたはどうせ、マニアックな場所がお好みでしょうけど」

「なぁにがマニアックだ。多勢に流されるのがつまらんというだけだ」

「そういってニッチな商品ばかり仕入れてくるから、販売に苦労するのよ」

「なにをいう。ニッチな品というのは、大金を出すマニアが買い支えとるんだ」

「あらあら、やっぱりマニアックなんでしょう」


 炎天下のバス停で、夫妻は声高にいい合いをする。

 微妙にほほ笑ましいとも思えるやり取りで、止めるべきか、見守るべきか、あやねはためらった。


「バス待ちがわたしたちだけでよかったですね……って、太白さん?」


 隣を見ると、すでに帽子の下の整った顔は生気がない。

 まだホテルを出て五分も経っていないというのに。しかもバス停までは、みなの体力を少しでも温存すべく、あやねの勧めで車を使ってやってきたのだ。


「あ、ああ、はい。なんでしょうか。すみません、よく聞いてなくて」

「いえ、なんでも。これ、使ってみますか」


 あやねはバッグから、メントール成分配合の冷却スプレーを取り出す。


「これを服の上から噴射してください。コンシェルジェさんにお願いしてほかにも色々用意してあります。下手をすると命にかかわりますから、無理なさらずに」

「ありがとうございます……これでも半妖ですし、簡単に死にはしません」


 ははは、と太白は乾いた笑いを見せる。


「簡単に死ねたほうが、楽、ですけど」


 すでに重傷。出発前なのに、あやねはもう心配の度合いが頂点だ。


「おっ、ようやくバスが来たか。こっちだ、こっちだ!」

「あなた、そう張り切って手を挙げなくてもまってくれますよ」


 子どものように手を振る太郎に、深雪が困ったひと、という顔をする。

 路面電車風レトロデザインのバスが停留所に入ってきた。少なくとも車内は涼しいはず、とほっとして乗り込もうとしたとき、あやねは気づいた。

 窓から見える車内はほぼ満員。エアコンの効き目も心配になる混み具合は、さすが観光のハイシーズン。ますます太白の身が心配になる。


「なんだなんだ、満員か。わたしの体が収まるかな。よいしょ」


 太郎はステップに杖をつき、大きな体を押し込むようにして乗った。深雪もその背を支えるように、そっと手を当ててともにステップを上がる。

 いい争いはしても、そんな気遣いはやっぱり仲いいのかなと思いながら、夫妻のあとからあやねは太白と一緒に乗り込む。太郎が乗ったことで、車内の密度は一気に上がった。エアコンがいくらか利いているのがまだ救いだった。


「ふう、やれやれ。ところで瑞鳳殿以外はどこに行きたいんだ」


 太郎は奥へ体を押し込みながら、深雪に尋ねる。


「仙台に着く前にもいったはずだが、わたしはとうほく大学キャンパスに行きたいんだ。もともとそこが目的だったからな」

「そうだったかしら。わたくしは瑞鳳殿と仙台博物館と仙台城址と美術館と、あとひろがわ沿いのカフェに行きたいの。川を見下ろすテラスでお茶をしたいのよ」

「明日にはまつしまに移動するんだ、今日中にそんなに回れるわけがないぞ」

「でも、次にいつ仙台に来られるかわからないでしょう」


 深雪はマップを見ながら答える。


「仕事で外国にいる期間のほうが長いし、この滞在が終わったら、あなたはまたタイとベトナムへ買いつけに行く予定だったじゃない」

「それは二ヶ月前に終わった話だ。どうせもうお互いババアとジジイじゃないか。日本に帰ってきたんなら、このまま隠居するのはどうだ」

「わたくしはともかく、あなたは隠居なんてする歳じゃないでしょう」


 笑いながら深雪は太郎の肩を軽く叩く。


(……あれ)


 横から見ていたあやねは、太郎が一瞬、哀しげなまなざしになったのに気づいた。そういえば外見は同年代でも、妖かしと人間だったのだ、この夫妻は。


「なにをいう、もうわたしも二百五十歳なんだからな。ところで」


 太郎は太白のほうに目を向ける。


「今年の〝百鬼夜行祭〟はどうするんだ。啓明氏が引退したからには、あんたが頭領として仕切るのか。それとも土門が頭領代役なのか」


 何十年も故郷を離れていたのに、百鬼夜行祭は気になるらしい。それだけ、高階の代替わりとその祭りは注目度が高いのだろう。


「僕が次期頭領として総代を務めることになっています。しかし祖父の引退が急でしたから、いまのところはまだ、各家の頭領に衆知させるのが精一杯です」

「はぁん、そりゃ大変だ。なのに……」


 太郎はちらっとあやねのほうを見た。


「後ろ盾になる家柄を選ばず、人間の娘さんと結婚しようとは、よほどんでいるわけだ。仕事ができそうで賢そうな娘さんならば、無理もないが」

「あなた、要らないお世話をいわないの、失礼よ」


 深雪がさりげなく夫をけんせいするが、太郎はしゃべりつづける。


「しかし、やっと意図がせたぞ。総代として後援が欲しいということか。それで土門がわざわざ案内役を勧めたわけだな。たしかにこの数十年、わたしは祭りに参加していないが、この地のムジナ一族やその周辺には顔が利くからな」

「いえ、そういうわけでは」

「隠すことはない。下心は野心だ。草食系に見えるが、さすが啓明氏の孫、貪欲というわけだなあ。家で伴侶を選ばず、才で選ぶ気概があるのも道理だ」


 バンバン、と肩を強く太郎に叩かれて太白は曖昧な笑みを浮かべる。


「ねえ、あなた。やっぱり広瀬川の川べりを散策したいわ。美術館の前に」


 そこへ深雪が地図を片手に割り込むので、太郎が大げさにため息をつく。


「無理だといっとるだろう。いいか、どこでも閉館時間というものがあるんだ。ぎりぎりに行ってあわただしく見て回るなんざ、ごめんだぞ」

「わかったわよ、美術館は削ります。たしかにゴダールの映画みたいに、美術館を全力疾走で駆け抜けるわけにもいきませんものね」


 軽妙に返す深雪だが、太郎はさらに口を挟む。


「それを削ってあといくつ行きたい場所があるんだ。バスだって遅れとる」

「いつもだったら、わたくしの好きにしていいというじゃない」

「まさかこんなにたくさん行きたいというとは思わんかったんだ」


 周囲の目が集まるのも気にせず、夫妻はいい合いをする。


「かなり、めているようですね」


 太白が困った顔でつぶやく。あやねは苦笑いを返すしかできない。

 ああ、前途多難にもほどがある。


【次回更新は、2019年12月4日(水)予定!】

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