4 ひともムジナもおなじ穴(7)
最初に降り立った瑞鳳殿は、仙台藩祖伊達政宗公の
仙台市南西の
あやねは初めて訪れる場所だったが、友人の伊達の女が、お百度参り並みに参拝しているらしいのは知っている。ほかにもネットの資料には目を通していた。
だがバスから降り立って、あやねは呆然となる。
「そうか、経ヶ峰って、山……」
木立のあいだの参道は急な石段。
周囲の木々のおかげで日陰があるとはいえ、気温の高さは防げない。あやねが息を荒げて上る一方、立沢夫妻は先に立って上っていく。特に夫の太郎は、初老には思えないしっかりした足取りだった。
「おまえ、遅れとるぞ。無理をするなと旅行前にあれほど約束しただろう」
「そんな約束していません。第一、わたくしの趣味がトレッキングなのは、ご存知でしょう。あなたこそ張り切りすぎて倒れないでね」
「ふん、ベトナムのファンシーパンに比べたら、子どもが砂場で作った山だ」
「あら、ファンシーパン山は、ロープウェイで山頂まで行けるじゃないの」
「なにをいう、わたしは徒歩で登ったと自慢したぞ」
いい合いしながら、夫妻は着実に上っていく。
さすがふたりとも、商売でアジア全域を飛び回ってきただけあって健脚だ。積んできた経験も伊達ではなさそう。
「はぁ、はぁ、けっこう、きっついですね。気温も標高も高いし……って」
話しかけて、はっとあやねは振り返った。
「たっ、太白さんっ!」
なんと石段の途中で、太白がしゃがみ込んでいる。あやねはあわてて駆け下りようとしたが、太白が片手を上げて制止する。
「い、いいです。こないでください。よし、行きます」
太白は立ち上がって上ってくるが、その足はぷるぷる震えていた。
おじいちゃん!
二十五歳のおじいちゃん!
あるいは生まれたての子鹿!
はらはらして見守るあやねのもとまで、やっと太白は上ってきた。
「ほ、本当に、すみません。お恥ずかしい、です」
ぜえぜえと息を切らせる太白に、あやねは手を差し伸べた。
「太白さん、わたしの肩に手を置いて上ってください」
「いや、さすがにそれは申し訳ない……ので」
「気になさらないでください。それに、このままだと夫妻に遅れますから」
優しくあやねがいうと、うぐぐ、と太白は言葉に詰まって、しかし素直に肩に手を置いた。太白の体をさりげなく支え、あやねは上り始める。
気にするなといっておいて、汗ばんだ体が密着するのは、さすがに照れくさかった。その照れをごまかすために、口を開く。
「仙台って、坂が多い街なんですね。東京もですよ。
「はぁ、はぁ、そう、ですね。日本は山が多くて可住地が少ないですから、どうしても、はぁ、人口は平野部に集中します。平野というのは、はぁ、主に河川の沖積作用によってできます。川があるということは、すなわち、谷が、ある、わけで」
「あの、苦しいのにそんなに語らなくてだいじょうぶですよ?」
荒い息ながら丁寧にうんちくを話す太白を、あやねは気遣った。
「なんだ、若僧のくせにだらしがないぞ」
よろよろ上るふたりを、上から太郎が見下ろす。
「高階の二代目は箱入りか。そんなんで妖かしをまとめていけるのかね」
「あなたみたいに、無茶なことして鍛えてらっしゃらないのよ」
やんわり深雪がたしなめる。
「いつもいってますけど、あなたはなにもかも自分の基準に当てはめすぎなのよ。ふつうのひとはね、あなたみたいに規格外じゃないの」
「ふつうのひとは、の話だろうが。高階の次期頭領なんだぞ。性根も根性も座ってなきゃ、舐められる一方だ。それを奥方に支えてもらう一方とはな」
「ま、まあまあ、それより観覧料払ってきますから、早速入りましょう!」
あやねはてきぱき人数分のチケットを買ってくる。まずいぞ、まずい。このままでは太白の株が下がりっぱなしだ。
「わあ、ここが正宗公の
あやねはわざとはしゃいだ声を上げる。
瑞鳳殿は、
「桃山文化の様式を
はしゃぐあやねの隣で、太白がぶつぶつ解説をしゃべる。
「戦国大名が勢力を広げたために寺社の影響力が衰え、簡素な様式の禅宗文化から、勇壮豪奢で多彩な桃山文化が台頭したのです。歌舞伎の起こり、茶道の確立、
「太白さん、すごいですね。よくご存知ですねえ!」
「いえ、これは中学の歴史レベルの知識ですから、大したことはありません」
中学レベル。
自分が歴史全般にほとんど知識がないのがバレてしまって、あやねは心のなかでうめいてしまう。
「よくそんなにすらすら説明が出てくること。せっかくだから、今日はずっと見どころを説明してもらいながら観光したいわ。ああ、体に無理のない範囲でね」
「はっ、ひ弱で頭でっかちとは、ますます情けないな」
褒めてくれる深雪に対して、太郎はいっそう辛辣になっていく。
(ああ、このあとの接待観光、続けられるんだろうか)
【次回更新は、2019年12月6日(金)予定!】
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