4 ひともムジナもおなじ穴(4)


    ◆


 その日は、仙台史上最高気温。

 涼しいロビーラウンジから眺める外は、目がつぶれそうな快晴。

 さえぎるものなく降り注ぐ陽光は、目に突き刺さりそう。庭の緑もしおれて見える。死にそう。まだ一歩も外に出ていないのに、あやねは気が遠くなる。

 だが、あやねと庭の木々以上にぐったりしている者が、ひとり。


「……生きてますか、太白さん」


 隣の椅子で顔を両手で覆って、深くうなだれる太白。

 今日は街の散策に似合う、品のいいサマージャケットとカットソー。スーツのイケメンは普段着がダサい、というのが定説だが太白は品がよくスタイリッシュだ。

 あやねも自分で選んだ、動きやすいパンツコーデである。


「太白さん、どうされたんです。ご気分でも悪いんですか」

「あやねさん……僕はですね。実は、大変な……インドア派なのです」


 重大な告白をするように太白はいった。あやねは顔をしかめる。


「え? そ、そうだったんですか?」

「虚弱体質なんです、僕は」


 虚弱体質。

 妖かしにも虚弱体質なんてあるのかと、あやねは真顔になる。

 あれ、先日のお見合いで公孫樹さんを投げ飛ばしていなかったっけ?

 一瞬だったからよく見えていなかったけど。持久力と瞬発力は違うってこと?


「この炎天下に徒歩で仙台市内を歩き回るなど、考えたくありません。我ながら本当に情けない話ではありますが……なぜ、車を使ってはいけないのか、なぜ……」

「ふつうのひとでもうんざりする陽気ですから、わかります」


 同情心が湧き上がり、あやねは自分の胸に手を当て、身を乗り出す。


「お任せください。ビジネスとして全力でご夫妻をおもてなしし、太白さんのサポートもさせていただきます。ご夫妻だって、この暑さなら無茶は好みませんよ」

「申し訳ない。大変に申し訳ないが、助かります……あと」


 太白は肩を落としつつ、困惑顔であやねを見やる。


「婚約者同士らしくとは、どうしたらいいと思います」


 うっ、とあやねは言葉に詰まる。


「ど、どうしたらいいんですかね。恋人同士っぽく、とか?」

「恋人っぽく、とはどのようなものですか」


 真顔で訊き返されて、あやねは言葉どころか息にも詰まる。


「僕は、交際経験がありません。半妖という身ですから、通った人間の学校では男女問わず距離を置きました。ホテルに勤め始めてからはもちろん、高階の次期頭領という立場をわきまえていましたので、そのような気持ちもなく」

「そ、そうですね、当然ですね、理解できます」


 あまりに真面目極まる告白に、あやねは必死に相づちを打つ。しかし、なんとなくこれで太白のズレている理由がわかった。

 初対面の相手にいきなりビジネス婚を申し出る突飛さ。あやねの能力を見極めての話とはいえ、プライベートでのコミュニケーションに慣れていない感じだ。


「何分虚弱体質ですから極力外に出たくないのです。仕事で外回りのときも決して徒歩では出ません。休みの日も結界内から一歩も出たくありません」


 なにか語り出したぞ、と思いながらあやねは耳を傾ける。


「休日に独り閉じこもり朝から夜まで好きな映画をている時間がこの世でもっとも尊いひとときだと考えています。お客さまとのやり取りも仕事だからこなせますが男女交際などすればどうしても数々のイベントで外に出なくてはならない」

「はい、まあ、うん」

「デートという名目で、映画だの遊園地だの夏祭りだのクリスマスだの海だの山だのバーベキューだの……人付き合いにはなぜ外出が必須なのでしょう。これだけ文明が発達した世の中です。ARも擬似ホログラムもありドローンもある。世界はすでに〝外出〟という概念から自由に解き放たれるべき時期ではないでしょうか」


 あやねはもう相づちも打てない。

 このイケメン、かなり残念が極まってる!


「もしかして、クローゼットの奥のあの部屋って」


 あやねのつぶやきに、ぎく、と太白が身を強張らせた。


「太白さんの引きこもり、いえ、憩いの場なんですね」

「……面目、ありません」

「ああっ、いえ、非難しているわけではなく!」


 がっくりと太白がうなだれたので、あやねはあわてふためいた。


「いいのです、わかっています。歳星にも散々、いわれてきたので」


 はあ、と太白はいっそう深くうつむいた。


「いつまでも自分の世界に引きこもるな。車を使ってでも、もっと外に出ろ。だから堅苦しいコミュニケーションしか取れないんだと」

「そんな、休日くらい、いいじゃないですか」

「映画の趣味が悪いだとか、セレクトが子どもっぽいだとか」

「はあ? ひとの趣味にケチつけるほうが悪いです。わたしだって映画観ますよ。アメコミ映画とか、大好きですね」

「本当ですか。実は僕もアメコミ映画が趣味です。なにが好きですか」


 太白が頭を上げて、急に生き生きキラキラした瞳で訊いてきた。あやねも太白を励ますために、ここぞとばかりに張り切って答える。


「ええと、ア★ンジャーズなんか面白かったですね。太白さんは?」

「僕は、グ★ーンランタンです」

「……はい?」


 いきなり聞き覚えのない名前を出されて、あやねは面食らう。


「七年前公開のDCの映画です。僕がまだ高校生のときで、それが初めて観たアメコミ映画でした。しかし興行的に大失敗し、いまでは主役を務めたライアン・レイノルズの黒歴史にされてしまい、本人にもデ★ドプール2でネタにされ」

「な、な、なるほどぉ」


 遠い目であやねは相づちを打つ。


「しかし僕は、恐怖を克服し、ヒーローとして立つ主人公に感動したのです。初めて観たアメコミ映画だからでしょうか。どれだけ失敗作といわれようと、僕には大事な……申し訳ない、こういう勝手に語るところが歳星に非難されるいわれです」

「太白さん、太白さん」


 あやねは太白の顔をのぞき込み、自分の胸に手を当てる。


「独り語りでなく、わたしに向かって話してください。歳星さんにけなされて自分を出せずにいるのかもしれませんが、だいじょうぶです、ちゃんと聞いています。コミュニケーションってまず向き合うところから、始まりませんか」

「そうですね、たしかに。失礼しました」


 太白は苦笑するが、あやねは心ひそかに憤慨していた。

 まったく、どれだけ歳星はこのひとをスポイルしてしまったのだろう。自分の理想通りに作り上げようとしたつもりか。

 でも歳星のいうなりに縁組するのではなく、たとえビジネス婚でも、自分で配偶者を選ぼうとする太白には、ちゃんと自分の意志と気概がある。

 負けないんだから、とあやねは心のなかで力こぶを作る。


「ところで、恋人同士っぽいこと、ですよ」「ええ、そうでした」


 ふたりはやっと話を戻した。

 歳星の忠告に従うのもしゃくだが、不自然な態度を見せて怪しまれるのはまずい。

 しかし、婚約者らしい雰囲気とはなにか?

 好き合っている男女らしい空気を醸し出せということ?

 でも、それってむちゃくちゃ難易度高いのでは?

 あやねが悩んでいると、ふいに大真面目な顔で太白がいった。


「手をつなぐのは、どうでしょう」


「手」


【次回更新は、2019年11月29日(金)予定!】

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