4 ひともムジナもおなじ穴(2)

「この奥は蔵ですにゃ。高階家先代の啓明が収集したお宝が入っていますにゃ」


 いくつもの部屋や扉を通り抜けた先の廊下で、小泉さんがいった。

 先ほどとは違い、長い廊下の両側にずらりと美しい錦絵の描かれた襖が並んでいる。その様子に、あやねは昔話の『見るなの座敷』を思い出す。


「あの、ひとつだけ開けたらいけない部屋がありません? それを開けたら屋敷が消えて、パジャマのわたしが森のなかにぽつんと取り残されるとか、ないです?」

「にゃあっはっはは。……まあ、あり得なくもにゃいですにゃ」

「やめてくださいよぉ! もう帰りますーっ!」


 冗談、冗談、と小泉さんはなだめて、襖のひとつを前脚で示す。

 それはひときわ真っ黒な両開きの襖だった。黒といってもつや消しの漆黒で襖縁も黒、引手は金色。一言でいえば高級感があるが、不穏な感じもある。


「ほかの蔵は見なくても差し支えにゃいですが、ここは見ておくべきですにゃ。太白の配偶者であるからには、大事なものですからにゃ」

「な、なんです? 開けたら飛びかかってきたりしません?」

「だいじょうぶ、だいじょうぶ。生きたものではにゃいですからにゃ」


 小泉さんに促され、あやねは覚悟を決めて襖を開く。

 だが開いたとたん、ひ、と一歩退いた。なかは狭い座敷。青々とした畳の六畳ほどの部屋だ。しかしその奥に飾られたもの──。

 黒い衣と赤い、そして、金色の輝く四つの目を持つ不気味な白い仮面。一見、ひとが立っているようだが、どうやら衣装掛けのようだ。


「〝ほうそう〟の装束ですにゃ」

「ほ、ほうそう、し? ってなんですか、小泉さん」

「災いを退ける神さまですにゃ。これは高階の当主が、百鬼夜行祭で方相氏にふんするときに身につける装束ですにゃ」

「ひゃ……っきやこう、さい?」


 知らない単語ばかりで、あやねはオウム返しに繰り返すばかり。


「太白から聞かされてにゃかったんですかにゃ? まあ、まだ同居してひと月も経ってにゃいですから、仕方にゃいかもしれませんがにゃ」


 小泉さんは前脚で装束を指し示す。


「本来方相氏は、おお晦日みそかにあるたいという儀式で、目に見えぬ疫鬼をはらっていたんですがにゃ、時代が下るにつれて、いつしか方相氏自体が災いにされてしまったんですにゃ。ともに疫鬼を追い払う役目だった陰陽師とも対立してしまい……。まあ、蛇の道は蛇ということわざもあるとおり、災いに通ずるものは災いそのもの、という考えでしょうにゃあ。ひとは〝かたち〟を求める生き物ですからにゃ」

「えっ、そんなのひどくないですか?」


 あやねは思わず声を上げる。


「だって、みんなのために災いを追い払ってくれてたんですよね。それを悪者にされちゃったなんて、ひどいと思うんですけれど」

「あやねは優しいですにゃあ。太白が選んだのもわかる気がしますにゃ」


 にゃは、と小泉さんは笑った。


「どのみち大昔の話ですから、あやねが気にする必要はにゃいですにゃ。ああ、百鬼夜行祭については太白に訊くといいですにゃ。にゃんでもかんでも小泉が説明するのも趣がにゃいですからにゃ。はい、閉めて」


 小泉さんに指示されて黒い襖を閉めたとき、少し離れた場所のドアに気づいた。この廊下にあるのは襖ばかりなのに、それはドアノブのある洋式の引き戸だ。


「あの扉はなんです? ほかと違うようですけれど」

「ああ、あれは太白のコレクション部屋ですにゃ」

「コレクション……部屋? 太白さんの?」

「にゃふふふ。見たいですかにゃ? 開けてびっくりですにゃよ」


 にやぁ、と小泉さんはまたまたチェシャ猫笑いを浮かべる。


「入ったことありますがにゃ、なかなかの品ぞろえですにゃよ。太白は休日、ここにこもりっきりですからにゃ。鍵がかかってますが、小泉にかかれば……」

「なにをやっているのですか、小泉さ──────んッ!!」

「ひゃあああっ!?」「にゃあああっ!?」


 突如大声が響いたかと思うと、ズザザーッとすごい勢いで太白が廊下をスライディングして扉の前に立ちはだかった。あやねも小泉さんも驚きで硬直。

 日頃の冷静さはどこへやら、太白はぜえぜえ肩で息をしていった。


「なにを勝手にあやねさんに見せようとしているんです。ここは立入禁止です!」

「ええー、休日に入れてくれたことがあるじゃないですかにゃ」

「あれは小泉さんが勝手に入り込んだのではないですか!」


 ふたりのいい合いを、あやねはスキンケアグッズの入ったポーチで顔を隠しながら聞く。

 なにぶん、すっぴんなもので。


「でも結婚相手にゃんですから、隠しごとはどうかと思いますけどにゃあ」

「結婚相手といえど、見せたくないものはあります!」


 そうだ、そうだ、とあやねはポーチの陰からつぶやく。

 わたしだって、見せたくないすっぴんが存在するんですから。とは思うものの、ここまでムキになって隠されると部屋のなかが気になる。


「とにかく、屋敷内を案内するのはかまいませんが、僕のプライベートルームだけは勘弁してください。それはそうと、あやねさん」

「ひゃ、ひゃいっ!?」


 いきなり向き直られて、あやねはポーチで顔を隠しつつ飛び上がった。


「実は、突然ですが明日、歳星の要請で接待で観光案内をすることに」

「……またですか。いやまた、ってのは、歳星さんの絡みでってことですが」

「大変申し訳ない。ただの急な要請ならいつものように断るのですが、今回は祖父啓明の代からの大事な顧客なのです」

「ああ、たつざわ夫妻ですかにゃ。それでは断るに断れないですにゃあ」


 小泉さんの言葉に、太白はうなずく。小泉さんまでこういうならば、よほど青葉グランドホテルにとって重要な顧客に違いない。


「つきましては、これからダイニングで打ち合わせをしたいのですが」

「は? これから? このすっ」


 ぴんで、という語尾をあやねはかろうじて吞み込む。


「なにか、都合の悪いことでも」

「い、いえいえいえ、あの、十分ほど待っていただけますか」


 くぅ~、とあやねはポーチの陰で唇を嚙む。せっかくクレンジングで綺麗にしてスキンケアまでして、あとは寝るばかりだったのに。

 許さない、歳星。

 なにか思惑があるなら、絶対に暴いてやるんだから。


【次回更新は、2019年11月24日(日)予定!】

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