第7話 オディプスという男【3】
幼馴染たちの名前と特徴を告げ、捜索願の手続きを終えるとギルドを出た。
陽はすっかり昇っている。
「さて、僕は食べなくても問題ないのだが、君は朝食を摂った方がいいんじゃないのかい? 町にいる間に食べないと、道端で野たれ死ぬかもしれない」
「! ……。……お、お金……」
「ないのか? ああ、僕のローブを買ったせいだね。ばかみたいだね、ははは」
「…………」
その通りすぎて、言い返せない。
彼は命の恩人と呼べるかもしれないが、なけなしの所持金をほぼ全て使ってまで、彼の容姿を隠す必要はなかった。
彼は『禁忌の紫』を持っていても堂々としている。
周りの人間は、勝手に怖がるだけ。
ミクルは『彼が目立つから』『禁忌の紫だから』隠そうとしたけれど。
「……あ、あ、貴方は……へ、平気、かもしれない、けど……ま、周りの人、は、こわ、がる、から……」
「フン。まあ、妙なトラブルに巻き込まれるのは僕もごめんだ。君の配慮には感謝しているよ。……けれど、君は確か荷物も全て仲間が持って行ったんだろう? つまり、君は今無一文の丸腰状態というわけだ」
「…………」
そうだった。
オディプスに指摘されて、今更ながら愕然としてしまう。
自分の手元には数枚の銅貨と、現在着ている服しかない。
サー……と血の気が引いていく。
このままでは、彼女たちを追い掛ける以前に……今日の食事もままならない。
「え、あ……うっ、あ……」
「今更気付いたのかい? ははーん、君さてはおばかさんだな?」
「うっ……」
「冗談だよ。幼馴染の少女たちの事で頭がいっぱいだったのだろう? ばかだねー」
「…………」
結局ばか扱いされる。
肩を落とす。
実際そう言われても仕方ない。
「……まあ、大切な者がいなくなる恐怖というか……喪失感は僕も分かるよ。あれは頭が思考を放棄する。うん、あれは良くないとても良くない」
「……え、あ……」
「さて、ではどうすべきかを考えたまえ。まずは路銀や装備を整えなければならないね。さあ、どうしたらいい?」
「……え、え、あ……」
ジッと、薄い紫色の瞳に見つめられる。
どうしたら?
いい?
分からない。
けれど、考えなければ彼女たちを追いかける事が出来ない。
必死で頭を回転させる。
「ギ、ギルド、に……も、戻る……と、登録……」
「ふむ、正解だ。現在君は換金出来るアイテムも装備も持っていない。では稼ぐしかない。稼ぐにはギルドに登録し、一時的にでも冒険者と名乗り依頼をこなす」
「は、はい……」
薄い紫色の瞳が細くなる。
唇は弧を描き、実に楽しげだ。
こうなる事は予想済み、とばかり。
その目が苦手だが、踵を返して先程の筋骨隆々な受付の男へ今の事情を話すしかない。
「そう、いいわ。こちらが登録書類よ。記入したら持ってきて」
「は、い」
「貴方はどうするの?」
「僕はいいよ」
「そう? 貴方なかなかすごい魔導師っぽいから、絶対稼げると思うんだけど」
「……」
口許が楽しそうに微笑んでいる。
その様子を横目で見て、ミクルは書類を埋めて行った。
……彼は、恐らく『魔導師』より更に上。
『賢者』クラスの実力があると思われる。
(……もしくは……)
『大魔導師』。
通称——『魔王』。
いや、と首を振る。
その呼び方は相応しくない。
現代では『大賢者』と呼ぶのが正しい。
「は、い……書き、ました……」
「はぁい、どれどれ……うん、不備はないわね。じゃあコレ。冒険者のタグよ」
「…………」
かちゃり、と差し出された細長いタグ。
腕に付けて、身分証明やランクの提示に使われる。
所属は『エールル冒険者ギルド』。
「じゃあ簡単に説明するわよ? 知ってるとしても一応聞いてね。冒険者はGランクからAランクまである。Bランクまでの昇級試験はどこのギルドでも受けられるわ。ちなみに伝説的にSランクがあると思われてるけどないから、目指すならAランクになさい。まあ、君は今日のご飯の為に仕方なく登録しただけだから目指さないと思うけど」
「……(コクコク)」
「そして冒険者にもカテゴリがあるわ。モンスター討伐。素材採集。素材採取には食材、薬草、鉱物などがあるわ。そして一番過酷と言われるのが『なんでもやる』よ」
「……なん、でも?」
「そう。なんでもやるの。町から町に宅配物や手紙を運んだり、夜逃げや引っ越しの手伝いもやる。畑仕事や家畜の世話まで、ありとあらゆる依頼をこなすのよ。素人でも出来る事が多いから、みんなまずはここから始めるけどね……」
「…………」
意味深に目を逸らす受付男。
それだけではないらしい。
目を逸らさず、次の説明を待つ。
「人探しや賞金首探し、モンスター討伐もレア素材採取、高難易度の依頼もこなす事もあるの。Aランクの冒険者はただ強いだけではなれない。これらの『こなした依頼の種類』が『一万件以上』必要になるわ。本当に多岐の分野の依頼をこなして、初めてAランクと認められるの。今のところ一人もいないわ、この大陸の町にはね。ここまでは分かったかしら?」
「は、はい……」
「よろしくてよ。……で、初心者のボーヤは……ああ、魔道士見習いなのね。とはいえ『基礎レベル5』で『職業レベル3』だと……うーん、そうねぇ……温泉のお掃除なら出来るかしら?」
「……………………」
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