第5話 オディプスという男【1】


 まず、二人はこの町……『エルール』の冒険者ギルドへと赴いた。

 途中、容姿の目立つオディプスに足元まで隠れるフード付きのローブを買い与える。

 ミクルの手元にあるお金は、これでほぼ尽きた。

 しかし必要経費だ。

 彼は『禁忌の紫』の瞳を持つ。


『禁忌の紫』————。


 この世界において、その瞳の色は千五百年前に現れた邪悪なる魔導師の色と言われている。

 その邪悪なる魔導師は世界に疫病を撒き散らし、多くの人が苦しみながら死に絶えた。

 ここからは御伽噺の領域だが、その魔導師は『勇者』により倒されたという。

 嘘か真か。

 ただ、邪悪なる魔導師……後に『魔王』と呼ばれるその存在は「実在した」と伝わっている。

『魔王クリシドール』。

 かの魔導師は、実在した。

 しかし、『勇者』は御伽噺。

 実在したのかは分からない。

 故に現代の人々はその『魔王』が濃い紫の髪と瞳だった、という言い伝えから、紫の髪や瞳を持つ者を『禁忌の紫』と呼び、恐れる。


 オディプスの瞳は薄い紫色。

 エリンは片目がやや濃いめの紫色。

 しかし、色の濃さなど今の時代関係ない。

 ただ『紫色』である事が恐怖なのだという。

 しかしミクルの村の村長は、最も田舎村の村長でありながらエリンを連れ帰った時に村人たちにこう言ったらしい。


『今時髪や瞳の色で疫病を恐れるのは時代遅れだわい! ガハハハ!』


 両親を流行病で亡くしたミクルは、村長の言葉がすぐに受け入れられなかった。

 だが、ワイズたちがエリンと名付けられた彼女に構うのを見て、そして、彼女が『自分は捨て子である』と自然に理解し、村の皆とどこか一線を引いたように過ごすのを見るうちに……理解した。

 彼女は自分と同じなのだと。

 自分と同じように、エリンはこの村に育ててもらっている。

 この村で生かされている。

 ワイズ、リズ、ユエンズに……家族として大切にされているのだと気付いた。

 それに気付いてから、ミクルも彼女に話しかけるようになる。

 あまり話すのが得意ではないので、たどたどしく。

 すると、エリンもミクルを同じようにな存在と感じていたのか、他の村人よりどこか近い何かを感じ、村の人たちより彼女の内側に招かれた。

 一つ歳下のミクルは、きっとエリンにとっては弟のような存在に感じられたのだろう。

 だから、ミクルは『禁忌の紫』があまり怖くはない。

 普通の人よりは……。

 そう、オディプスの場合は別な意味で怖い。


「考え事かい、少年。ギルドとはここの事じゃないか?」

「!」


 顔を上げると、一軒の建物の前だった。

 少し通り過ぎてしまったが、二、三歩でオディプスの隣に戻る。

 入り口のドアの上に飾られた看板は『ギルド紹介所』と書かれていた。

 息を飲み込み、目をキョロキョロさせる。


「入るかい?」

「は、は、は、はい」

「…………。開けないのかい?」

「え!? あ、う……あ、あ、開け、ます」


 眉尻を下げ、震える手でドアを開けた。

 ガヤガヤとした紹介所の中は、開けられたドアで一瞬静まり返る。

 粗野な男たちが所狭しとテーブルを乱雑に囲み、酒を飲んでいた。

 危険な地に赴いたり、危険なモンスターと戦ったりする彼らはこういう荒々しい感じの男性が多い。


「…………」


 何かに縋りたい気持ちになり、オディプスを見上げる。

 彼はミクルの願い通り目を隠す為にフードを深く被り、そして口許には笑みを浮かべたまま。

 なぜか余計に恐ろしいものを見た気がして、受付カウンターに顔を向けた。

 受付にいたのは、これまたゴリゴリの筋骨隆々。

 頭はスキンヘッドに、縦にそそり立つ縦長の髪……恐らくモヒカン。

 上半身は裸。

 なぜかサスペンダーらしき黒い紐は身に付けている。


「ふ、ふふ……ふっ……」

(……あ……あの人を見て笑ってたのか……)


 隣を歩くオディプスが、肩を震わせて必死に笑うのを堪えている……思い切り漏れているけど。

 確かにあまり見かけない髪型ではあるが、オディプスの髪や瞳も十分珍しい色だ。

 そう思いながら、カウンターの前までやって来る。

 受付の男が、緩やかに顔を上げた。


「いらっしゃい。今日はどのようなご用件かしら?」

「…………。…………?」


 ……かしら?

 そして思いもよらぬ甲高い声に、一瞬意識が飛んだ。

 静まり返っていた、テーブルで酒を飲んでいた冒険者たちがオディプスのように肩を震わせている。

 現実と予想が一致せず、ミクルはまだ、どこかぼんやりと辺りを見回した。

 何が……自分の周りで何が起きているのか。


「ほら、例の件を相談しなよ」

「……え、あ、あ、は、はい。あ、あ、あの……」

「はぁい? なぁに?」

「…………」


 どうやら聞き間違いではないらしい。

 男の声は甲高く、そして甘やかな口調でミクルに聞き返す。

 瞳は思いの外まつげが長く、きりりとした野太い眉とのミスマッチ感がより、違和感を煽る。

 頬紅と、よく見れば唇には光沢のあるピンクの口紅が差してあった。

 気付きたくなかった。

 なぜ気付いてしまった、自分。

 ミクルは心の底から後悔して、思考どころか呼吸するのも一瞬忘れた。



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