第4話 勇者狩り【4】



 というわけでオディプスという青年を連れてエルールの町へと戻る。

 日は登り、町は賑わい始めていた。

 宿にいるので連れてくる、とオディプスを森の側で待たせたのは彼の瞳が両目とも『禁忌の紫』だったからだ。

 それでなくとも彼は容姿が美しい。

 昨日の男たちでなくとも、変な連中に目を付けられたら大変だと思った。


「…………」


 それにしても、とミクルは自分の手を見る。

 破けた指の皮膚も、縄を引っ掻いて剥がれた爪も、服も……何もかも元通り。

 こんな事が出来るのは魔法だけ。

 となると彼は魔道士……いや、治癒でこれほどの事が出来るのは賢者か大賢者のレベルなのでは……。

 一応ミクルは魔道士見習い。

 治癒魔法も軽傷を治すヒールや、毒を中和するポイズンヒールぐらいしか使えない。

 やはり治す事においては光魔法の使えるエリンには敵わなかった。

 特化した属性も特になく、攻撃魔法は全て初期から覚えられるものばかり。

 少し怖いが、話せば割とちゃんと答えてくれたし……とそこまで考えていると宿の真ん前に着いた。

 扉を開くとカウンターの受付嬢が目を丸くする。


「あら、あなた昨日の!」

「あ、あの、あの……おれの、パーティのみんなは……」

「今朝町を出ちゃったわよ? 何か忘れ物?」

「……え?」


 町を出た?

 忘れ物……。

 いや、町を出たと言ったのか⁉︎

 驚いてカウンターへ身を乗り出す。


「ど、ど、ど! どういう、事、ですか!」

「どうって……昨日、リーダーさん? があなたは冒険者ギルドの人に呼び出されて、指定の任務を受けたから先に町を出たって……。あ、もしかしてもう終わらせてきたの? 意外とすごいわね」

「ちが! ……お、おれ、ぼ、冒険者、ギルド、は、は、は、入って、は、入ってない!」

「ええ!?」


 冒険者はモンスターを討伐したり、そのモンスターから採取出来る副産物を採取したり、貴重な薬草を探し出したり、そういう一般人には難しい事を請け負う危険な専門職だ。

 そういう者たちは総じてギルドに所属して仕事をする。

 一般人や、商売をしている人間はギルドに依頼して冒険者にモンスターを退治してもらったり、物を集めてきてもらったりするのだが、ミクルは冒険者になるつもりはなかった。

 少なくともミクルには、なかった。

 ワイズたちはここに来るまでレベルが上がる度に「これなら冒険者も夢じゃないかも」とはしゃいでいたけれど……。


「そ、そんな……まあ、じゃあ、あの男は女の子たち連れてどこ行ったの……?」

「わ、分かりませんか!?」

「ご、ごめんなさい……仲間だと思ってたから……まさか違うの?」

「…………っ」


 宿の人は悪くない。

 恐らく『リーダー』にそう聞かされて信じたのだろう。

 ワイズたちも『リーダー』にミクルは冒険者のギルドに頼まれて別な町に先に旅立った……と聞かされたのかもしれない。

 だからその町へ向かって行った?

 どこへ行くとは聞いていないらしい宿の受付嬢に地図を頼む。

 すぐに持ってきてくれた受付嬢は「あんた、ギルドに連絡しておくと、冒険者たちが探してくれるよ」と教えてくれる。

 強く頷いて、まずは彼らが行ける町の目星を付けた。

 エルールの町から行く事の出来る町は四つ。

 西、エクシ。

 西南、グルネ。

 南、イケイヨ。

 南東、スーネクケ。


「どうかしたのかい」

「あ、女将大変なんですよ! 昨日泊まった男の冒険者と女の子四人! もしかしたら女の子たち騙されて連れてかれちまったのかもしれないって」

「なんだって? どういう事だ?」

「それが〜」

「…………」


 ミクルは顎に指を当てて考える。

 だがいくら考えても分からない。

 自分がいなくなった後、四人は大丈夫か?

 爪を噛む。

 考えなければ、必ずこの内のどれかに行ったはずなのだ!


「持ち物があるなら追跡魔法で向かった先を調べられるけど」

「! ……これ! ……あ……」

「ひい! き、禁忌の紫⁉︎」


 宿の女将と受付嬢が叫ぶ。

 耳元で聞こえた第三者の声に、ミクルは取り出し掛かった鍵を胸にしまう。

 形の良い唇が、弧を描いた。


「急いでるんじゃないの」

「…………、…………、……っ」


 胸にしまった鍵を……取り出した。

 それをオディプスに渡す。


「ほうほう、魔石で出来た魔陣の鍵か。珍しいものを持っているな」

「⁉︎ し、しっ……」

「昨日、君を解体して知識で得た。特筆すべきものではないと思ったが、そうかこれがそうか」

「⁉︎」


 解体って言ったぞ。

 という事は、昨日気絶している間にミクルもまた、昨日の男のように——⁉︎


「…………」


 やはりヤバい人だ。

 ヤバいどころの騒ぎじゃなくヤバい人だった。

 なんてこった、と頭を抱える。

 何もかも遅いけど。


「南東の方角だな」

「!」

「返すよ」

「!」


 顔を上げる。

 すると、魔陣の鍵が放り投げられる。

 これは……ワイズに貰った宝物。

 ぎゅっと握り締めて地図を見下ろした。


「僕の目的はその『勇者志望』だ。案内してくれるな、少年?」

「…………ミ、ミク、ミクル……おれ、ミクル、です」

「ああ、そうだったかな。あれ、そうだっけ? いや、まあ、どうでもいい事だ。僕は勇者を名乗る者以外に今特別興味はないからなー」

「…………」


 怯える女将と、受付嬢に頭を下げる。

 さっさと出て行ったオディプスを追い、外へと出た。


「あ、お待ち!」

「!」

「ほらこれ。この町の地図だ」

「?」


 受付嬢が怯えながらも追いかけてきてこの町の地図を手渡してきた。

 お客に渡しているのだろう、お土産物屋さんや道具屋などが描いてある。


「冒険者ギルドに届けを出しておいき。冒険者の方でも、その人攫いを、探してもらえるはずだよ」

「あ、え、えと、あ……」

「そうだな、それが良いだろう。人手は多いに越した事はない」

「あ、えーとじゃあ! 気を付けてね!」

「あ、ありが、ありがとう、ござい、ます」


 親切な受付嬢だ。

『禁忌の紫』であるオディプスを怖がっていたけれど、ミクルにそう助言して地図まで……。

 素直に頭を下げた。

 受付嬢は手を振って愛想笑いを浮かべている。


「ではまずギルドというのでその勇者志望の届けを出そう」

「……は、はい……」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る