第2話 勇者狩り【2】



(あ、やば……)


 卑下た笑い。

 馬は四頭。

 男たちは四人。

 全員が馬に乗ると、ミクル目掛けて馬の上半身を起こし、蹄で踏みつけようとした。

 町の人たちは驚いた顔をしている。

 けれど、彼らに助けを求める声をミクルは出せなかった。

 男たちは剣を持ち、馬に乗っている。

 ヒュッ、と息を吸う。

 もつれる足を叱咤して、家と家の隙間に逃げ込んだ。

 魔道士見習いのミクルは体力がない。

 それに、剣を持つ強靭な男たちに追い回されてはミクルを助けようとした町の人たちも危ないと感じた。

 奴らはミクルが見た事のない目をしていたのだ。


(人を殺した事の、ある人……)


 直感的にそう感じた。

 家の隙間を抜けると、森がある。

 ここまで走っただけで息が上がった。

 それでも頭はどこか冷静で、そして確信めいたものが胸を支配している。

 あの男たちは、リーダーの仲間だ。

 絶対にそうに違いない……と。


「いたぜ!」

「!」


 馬が家をあっという間に回り込んできた。

 ハッとした時には遅く、手前の男の後ろにいたくすんだ緑のシャツの男が縄を輪にして放り投げてくる。

 どことなくのんびりしているミクルはその縄の輪っかが頭に入って、引っ張られた事で輪が締まるまで危機感がなかった。


「うえ!」

「引け!」


 馬が駆け出すと、縄が締まる。

 慌てて指を食い込ませ、緩めようとするが縄は馬が引いているのだ。

 ぐんっと引っ張られれば倒れ込み、そのまま走る馬に引きづられて森の中へと連れていかれた。

 いや、こいつらの目的は恐らくミクルをこのまま縊り殺す事だ。

 首に恐ろしい力で縄が食い込んでいく。

 このままだと、確実に首の骨が折れて……死ぬ。


(む、り……)


 指ごと縄が首に食い込む。

 引きずられる衝撃、痛み、熱さ。

 砂や小石が皮膚を突き刺す。

 頭上はケタケタ笑う男たちの声。

 形振りなどかまっていられない。

 悶え、のたうち回る。

 助けを呼ぼうにも声は出せない。

 何しろ首がしまっているのだ。

 呼吸も出来ず意識が朦朧とする。



『ミクル!』


『ミクル〜』


『何かあったらすぐに言うのよ!』


『怪我したらすぐにアタシに言ってよ?』



 幼馴染たち、四人の顔が浮かぶ。

 自分が死んだら、彼女たちはどうなる?

 弱くはない。

 彼女らは決して弱くない!

 だが……。



『ミクル、エルールだ。エルールまで行ったら帰ってこい。あの勇者志望だとかいう男は信用出来ないからな……』



 村長とワイズたちの両親の心配そうな表情。

 親が流行病で早くに亡くなったミクルを育ててくれた、村のみんな。

 村で一人にならないように、仲間に入れてくれたワイズたち。

 自分がここで死んだら彼女たちは——。

 そう思うとまだ、ギリギリ意識を手放さず持ちこたえられる。

 彼女たちを、あと男はどうするつもりなのか。

 ミクルを殺してまで手に入れようとする、理由。

 絶対にロクでもない!

 死ねない、と強く思う。


(絶対に! 死ね、ない!)




「ここまでくればいいか」

「どうだ? 死んだか?」

「ん? なあ、空がおかしくねぇか?」

「なんだよ、雷くれぇで。それよりさっさと吊るしちまおうぜ。あとは獣が食ってくれんだろ」

「あ、ああ、そうだな」


 馬が止まる頃には、ミクルの体は血塗れになっていた。

 森の木々、小石で背中や腕の服は破れて小さな傷が無数に出来ている。

 指もまた喉に食い込み、縄で擦れて血塗れ。

 男たちはその縄をもう一度引き、近くの木に輪になっていない方の縄を引っ掛けようとした。


「わあ!」


 カッ、と雷が光る。

 男の一人が頭を押さえた。

 その様子に、縄を吊るそうとしていた男二人が笑う。


「なんだよ、雷くらいでビビりすぎだぜ」

「だ、だってよぉ〜、俺聞いた事あるんだ。雷は魔王がくる前兆だって〜」

「モンスターたちの親玉っつーアレか? ぷぷぷ! んなの御伽噺の中だけだろ〜」

「そうそう。それよりも今日の酒、今日の飯だぜ。おら、さっさと終わらせるぜ、こんなツマンネー仕事」


 ぐ、ぐ、ぐ……。

 力が抜けてすっかり重くなった死体というのは、実に重たい。

 小柄な少年ではあるが死んでしまえば、生きている時よりも不思議と重量が増す気がした。

 木の枝に縄をかけ、死体が吊るように引っ張り続ける。

 ようやく木の下まで死体がきた。

 その時だ。


「もし」

「ひい!」

「道を尋ねたいんだが」


 その場に聞きなれない声がして、男たちは肩を刎ねあげる。

 この状況は言い逃れが出来ない。

 リーダー格の男が剣を引き抜き、前へ出ると……声の主は頰を人差し指と中指で撫でた。

 唇は弧を描き、ひどく愉しげ。

 見慣れない服装と、夜の帳が降り始めた薄暗い森では異様に眩しく見えた……その男。

 まるで発光しているかのように、姿がはっきり目に映った。


「お、おう、なんだテメェ、魔道士か?」

「魔道士? ほう、それがこの世界の魔法使いの呼び名かな? 面白い! 本当に世界によって扱いが違うのだな」

「? なんだこいつ……」


 他の三人が縄から手を離す。

 剣を抜き、リーダー格の男の隣に近寄った。

 三人の目にもその男は異様、異質に映る。

 線が細く、見た事もない服装。

 艶やかな顔立ちと、女のように編まれた薄い紫色の髪。

 細められた薄い紫の目に、男たちの心臓がキュウと縮んだ。



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