スーホ

それはある日始まった。



高校受験で深夜まで自室で勉強をしていた時だった。


私はWEBラジオっ子で、とあるネットを使ったラジオ放送をBGMに勉強をしていた。


そのラジオ番組は、海外の有名な殺人者を、面白おかしくレクチャーしてくれるというもので、深夜に聞くにはちょうど良かった。


トリガーとブラックキャットというハンドルネームの二人組MCのおしゃべりは軽妙で殺人がテーマであるにもかかわらず、時に笑い、時に感心するような内容に仕上がっていた。


勉強の適度な息抜きとなっていて、私にはちょうどよかった。



深夜なので抑えたボリュームのラジオにまぎれて、その音は不協和音となって耳に忍び込んできた。



ピ……ピ……


何かの電子音に思えた。

最初はラジオから聞こえてくる空電のノイズかと思い、注意を払わなかった。




翌日も深夜机に向かい、いつもの様にラジオ放送の軽快なトークを流しながらシャープペンシルを走らせていると、例の電子音が鼓膜をかすめた。



ピ…ピパ……パ…


暫時手を止め、耳を澄ませる。

しかし、もう何も聞こえなくなっていた。

気のせいかなとまた勉強を続けた。



また翌日も、同じような現象が起こった。

音の出所は、この部屋の中ではない。

ドアの外、廊下から聞こえる。



引き戸を開けて廊下の様子を伺う。

廊下の電気はつけられており明るい。


隣室はリビングキッチンであり、そちらからは古い冷蔵庫の出すかすかな重低音があるだけで、それ以外の音は聞こえない。



家族はみな二階の寝室で寝ていて、今起きているのは自分だけだ。



少し気味が悪いのだが、音の発生源がわからない限りどうしようもない。

音自体には聞き覚えがあるのだが、いまいち判別しない。



部屋の引き戸を閉めて、また勉強に戻った。




翌日、また電子音が聞こえた。



ピポ…パ…ピポポ…


音の鳴る時間が長くなっていることには気がついていた。

また、音の種類も増えている。

そして、音の出所にも思い当たりがあった。



部屋を出て、真正面に階段がある。

その階段の下の三角のデッドスペースにはテーブルがはめ込まれていて、そこには電話器が置いてある。


あの音は電話器のプッシュボタンを押した時の音に酷似している。



さらに翌日、覚悟を決めた。

勉強も手につかない。

あの音が鳴るのを待つ。


しかし、その覚悟は空振りに終わる。

その日は音は鳴らなかった。



そして、その日以降、音が鳴らなくなってしまう。




それから数週間経ち、少し忘れかけた頃に、また電子音が鳴った。



きた!


素早く立ち上がり、部屋のドアを開ける。

たしかに電話器から音が鳴っている。

廊下には誰もいない。


ボタンは押されているようには見えない。

しかし、プッシュされている時の音がする。



ただの故障だろうか?

それとも……

もしも、いま、受話器をあげたとして、どこに繋がるのだろうか。



電話を見つめるだけで動かなかった。

どうして良いかわからなかった。



音は止んだ。



もう電話は何の音も出していない。

そっと近づき、受話器をあげてみる。


耳には当てない。


受話口から音がするかと思ったが何も聞こえない。

受話器を下ろし、部屋に戻った。




翌日、また電子音が鳴り出した。



いつもより長く、連続的に音が鳴り続けている。


どこかにコールしているとしたら、10音前後、市外局番をコールしないとしたら6音、ないしは7音程度しか鳴らないはず。


しかし、音はもうすでにそれを超えて鳴り続けている。




電話機の前に立つ。


通常、受話器をあげないとランプは点かない。

ディスプレイのバックライトは消えたままだ。

音が出ていると言う点をのぞいて、不審なところはない。



心臓は早鐘を打っているが、心のどこかでは冷静な部分もあった。



ホラー映画で、じっとしていれば良いシーンでわざわざ危険な方に進んでいく登場人物がいる。

頭が悪いなといつも思っていた。

安全を考えるなら、じっとしているのが一番良い。

なぜ自ら危険な状態になろうとするのか。



その気持ちが今わかった。



確かめずにはいられないのだ。


これが危険なことなのか、そうではなく、ただの故障なのか。

確かめないと、この恐怖は明日以降も続くのだ。

確かめれば、対策も取れる。



何より、故障だと断定して楽になりたいのだ。



プッシュ音はまだ続いている。



手を受話器に伸ばす。




もし


もし、受話口から何か声が聞こえてきたら……



それでも、受話器を持ち上げずにはいられない。


何かに魅入られたように、受話器をつかむ。

音は鳴り止まない。



受話器をあげた。


ディスプレイのバックライトが点灯し、待機状態を示す。



音は止まった。



そっと、受話器を持ち上げ、顔に近づける。

受話口と送話口に開けられた穴が見える。



触れないようにしながら、受話口を耳に近づける。


何も聞こえない。



待つ


何も聞こえない。



勇をこして、口を開いた。





『もし……もし……』


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スーホ @suho48

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