第6-1話 新人さん、歓迎いたします




   6




 入学してから最初の二週間は、怒涛のように過ぎ去っていった。よくわからないまま授業選択し、ガイダンスやら授業の説明やらを繰り返してようやく落ち着いてきたかな、というのが今の状態である。


 学部内ガイダンスで出会った泥谷はじやとは、学科は違うが被る講義も多かったようで、最初の授業の時から良く話すようになった。

 丁寧語を使わず話すようになり、昼休みに食堂で一緒に昼食をとる程度には親しくなると、実は同じサークルに所属していることが判明した。ほんと、人は見かけによらない。


「じゃあ、次の新歓コンパも参加するのか?」

「最初くらいはね。僕はお酒の席は好きじゃないけど、一度顔を出しておけば先輩との繋がりも出来るし。人生を謳歌するにあたって人脈は必要だよ」


 だからこのサークルに入会したんだ、と泥谷は柔らかい笑みを浮かべた。

 会った時から思っていたが、泥谷は俺とは違って、こういう人のよさそうな笑顔を毎回浮かべている。ちょっと嘘臭いと思わないでもないけど、こういうのが人身掌握術とでもいうのだろうか。自分にはよくわからないが、暁もこういうのは得意そうだ。


 しかし、自分が入会させられたサークルは、意外と人気サークルらしい。怪しげなサークルだとばかり思っていたのに。


「君だって参加するんだろう?」

「嫌々だけどな」

「あー、君の幼馴染君がそういう席、好きそうだものね」


 晃佑が嘆息しながら応じると、泥谷は苦笑で返答してきた。

 一応、泥谷と昼食を共にするようになってから、暁と顔合わせしたことがあった為、この男は晃佑と暁が幼馴染だということを知っている。

 その上この二週間で既に暁は、主席入学者でありながら馬鹿をやらかしたせいで、大学内でもかなりの有名人になってしまっていた。今更ながら、あんな幼馴染がいる自分が憎い。

 晃佑のそんな思いが顔に出ていたのか、泥谷は小さく笑って言葉を繋いだ。


「いいじゃないか。そうやって自分を曝け出せるってのは良いことだよ」

「アイツの自己満足の犠牲になってんのはいつも俺なんだけどな?」

「それは君が幼馴染だからしょうがない」


 肩を竦めて笑う泥谷に、晃佑は次ぐ言葉を見失う。


「ま、精々彼に大人になるよう、説得するんだね」


 そう追い討ちをかけると、泥谷は次の講義へ向かい早々に移動してしまった。一人残された晃佑はこの問題をどう受け止めるか、悶々とするのだった。




 仕切られた居酒屋チェーン店の室内で、茶髪の男性がジョッキを掲げながら朗々と口上を切り出す。


「それでは時間になりましたので、本年度の旅行研究会新歓コンパを始めます。皆さん、今日は大いに飲んで騒いで交流を深めましょう! 乾杯!」


 乾杯の音頭が流れ、カチャンという硬質な音がそこかしこで鳴り響いた。自分もそれに合わせて近くに座っていた人物とグラスを合わせる。

 ちなみにこの新歓コンパの参加者は三十~四十人ぐらいいるらしく、割り振られた席順の理由は良くわかっていないが、近くにいるのは全く知らない人ばかりである。

 乾杯の前に名前と学部、学年のみの軽い自己紹介をして、それが先輩なのか同じ新入生なのかがようやくわかったくらいだ。


 とりあえず周囲の先輩や同級生は悪い人たちではなさそうなので、世間話をしつつ取り分けたサラダや揚げ物を食べ始める。安さで有名な居酒屋チェーン店だけど、味は悪くない。

 二十分くらいそうして飲み食いしていたところで席替えしてきたらしく、忍先輩が隣にやってきた。今日はセミロングの髪を器用に纏め上げている。服装はネイビーのシャツに淡い色のガウチョパンツを合わせ、春らしく白に近い水色のカーデガンを羽織っている。この人の印象に似合う服装だ。


「晃佑クン、お疲れ様。楽しんでる?」

「…そこそこは」


 多少ぶっきらぼうな物言いで言葉を濁す。

 正直こういう席は苦手だし、人付き合いもあまり得意な方ではない自分には、ひっそりしている方が好きだからだ。


「あ、柿崎クン、カクテルおかわり頼める? 平川さんも飲み物なくなってるけど、何か頼む?」


 晃佑の向かいにいた先輩や、その隣の女性にさりげなく声をかけていく忍先輩に、晃佑はそっと問いかける。


「…忍先輩、もしかして全員の名前覚えてるんですか?」

「そりゃ、自分のサークルのメンバーくらい覚えてるわよ」


 晃佑の質問に答えながら取り替えるグラスを集めていく忍先輩に、晃佑は素直に感嘆した。

 この新歓コンパに来ているメンバーだけでも三十人はくだらないというのに、全員の名前を覚えているというのだから、忍先輩の記憶力と顔の広さには圧倒される。

 どうりであの暁が懐く訳だ。ドリンクメニューを渡された女性と忍先輩が話していると、更に通りがかった男性が声を掛けてきた。


「忍先輩、こんなところにいたんですか? 斎藤があっちで探してましたよ」

「あー、ごめん。一通り回ったらそっちいくわ」

「次の進行あるみたいなんで早めにお願いします」

「わかってる、わかってる」


 笑って男の言葉を流し、忍先輩は飲み物が来るとまた隣のテーブルへと移っていった。こうして一通り挨拶回りをしているようだ。

 その行動力には頭が下がる一方である。


「忍先輩、凄い人だな…」


 晃佑が何気なく呟いた言葉に、柿崎と呼ばれた前の席の先輩が相槌を打つ。


「だよなぁ…副部長ともなればそれくらい出来なきゃなんだろうけど、あの人は面倒見もいいから、いつでも人のことをよく見てるよ」

「副部長ってことは、部長は別の人なんですね。あの人が部長なのかと思ってました」


 柿崎先輩の言葉を聞いて、同じテーブルにいた新入生の女性が目を見開いて話に加わってきた。

 晃佑も忍先輩が部長だと思っていたので、意外に思いながら柿崎先輩の言葉の続きを黙って促した。


「勘違いする人も多いみたいだね。あっちの端のテーブルにいる、灰色のパーカー着てる男性が部長だよ。あんまり人数の多いこういう席には出たがらないんだけど、今日は珍しく参加してる」


 柿崎先輩が指差した方角を皆で見つめると、緩めのパーマをあてた黒髪ショートで濃灰色のパーカーを着た男性が、隣の人と和気藹々と会話をしながら飲み物を飲んでいるのが見えた。

 その隣の人物に見覚えがありすぎて、晃佑は内心で苦笑する。あのお気楽魔人、あんな所にいやがったか。


「それにさ、桂木先輩が気遣い上手で率先して何でもやるタイプの人だから、部長もわりと先輩に任せっきりでさ。下の連中の中には部長よりも慕ってるヤツ多いかもな」


 お前もその一人か、なんて揶揄からかわれたけど、滅相もない。思い切り首を横に振って否定する。


「いや、俺は友達に誘われてこのサークルに入ることになっただけなんで。どっちかっていうと、その友達の方が忍先輩のこと慕ってますね。高校からの後輩だって言ってましたし」

「へー…そういうヤツ多いなぁ。俺の同学でもいたぞ、桂木先輩を追って入会したヤツ」

「…でもそういう状況だと、恋愛問題とかも多そうじゃないですかー。揉めたりしないんですかぁ?」


 女子が好きそうな話題に切り替わって、別の人と会話していた女性数名まで会話に参戦してきた。こういう話題苦手なんだけどな…。


「あの人そういう話あったかな…」

「えー、ないとかないんじゃないですかー?」

「じゃあ、先輩は彼女いるんですかー?」


 矢継ぎ早に追加される質問に、先輩もちょっと押され気味で苦笑を浮かべている。

 かーかー言ってるって、カラスじゃないんだからさ、ホント。こっちに飛び火する前になんとか席を移動しなければ。


「…すみません、ちょっと席外します」


 短く断って、晃佑は居酒屋の店員にトイレの場所を尋ねた。場所自体は知っているが『これからトイレに行くんだぞ』というパフォーマンスは必要だ。

 こうして用を足す訳でもないのに晃佑は店のトイレへと向かった。




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