第5-2話 サークル勧誘漫才ってオチ?
一時間程度で入学式は終わりを迎えた。
堅苦しい式典から開放された人々は、流れるままに人の波を作って講堂を後にする。時間差で人が集まっていた開始前とは違い、学生や父兄たちが一斉に講堂から出て行く為、混雑は必然である。晃佑はその人の波を避け、少し待ってから講堂を出ることにした。
十分ほどして辺りを見回すと、騒がしかった人の波は嘘のように消えていた。これならすんなりと出られるだろう。手に持っていた式次第の書かれた紙を鞄に入れ、ようやくパイプ椅子を立ち上がった。
混雑に巻き込まれる事なく講堂を出た晃佑は、難なく待ち合わせ場所まで辿り着いた。周囲に視線を走らせるが、暁の姿は見られない。まだ講堂から出られていないのだろうか。
スマートフォンを取り出し、メールを確認する。新着で来ているものがなかったので暁にメールを送ってみた。
『着いたけど、お前はどこにいる?』
晃佑のメールに対し、返信はすぐに来た。本当に返事だけは早い奴である。
『ごめーん! 人ごみに押されて反対側の出口にきちゃったみたいでさー。もう少し待ってて』
『いいけど、少し時間置いてから出れば良かっただろうが。俺は巻き込まれなかったぞ』
『頭良いな、ミキちゃん!』
おい、コイツ本当に首席なのか…?
深い溜息をついて、メールを送る。
『早めに来いよ。午後からガイダンスもあるんだからな』
『わかってるって』
その「わかってる」ほどアテにならないものもない。とはいえ約束した手前、放置も出来ないので、仕方なくその場で暁の到着を待つ事にした。待っている間、晃佑はいつものアプリを立ち上げて時間潰しのゲームをやっていたのは言うまでもない。
遅れる事十数分、暁は悪びれた様子も見せずに待ち合わせ場所へ姿を現した。
「お待たせー」
「遅い」
「さっきメールで謝ったじゃん!」
「言いだしっぺが遅れるとか本末転倒だろ」
吐き捨てると暁が膨れっ面を見せた。赤ん坊か、お前は。
「仕方ないだろ、あんな人ごみじゃ」
「その中についてくお前が悪い」
「えー?」
不満をあらわにして唇を尖らせる暁に、これ以上押し問答を続けていても埒が明かない。自分から折れるのは癪だが、時間が勿体無いので言葉を飲み込む。
「…サークル案内見に行くんだろ? 朝も勧誘酷かったぞ」
「ギリギリに来たから勧誘に会わなかったんだよなぁ…残念」
時間ギリギリに来るのは嫌だが、晃佑的にはむしろそっちの方が良かった。入る気もないサークルのチラシばかり押し付けられ、ゴミが増えたとしか思えない。
「なら、この勧誘チラシはお前にやるから持って帰れ」
「オレもいらないよー」
鞄から複数枚の紙を取り出すと、暁に押し付ける。しかし暁はそれを受け取ろうとはせずにさっさと歩き出した。
「ミキちゃん、先に行くよー?」
「おい、待て」
ここではぐれるとまた捜すのが厄介だ。しっかりとした足取りで前を進む暁を見失わないよう、急いでその後に続いた。
「どこまでいくんだよ?」
「んーと、確か、六号館の角を左に曲がった七号館と十一号館の間に目当てのサークル新勧ブースが出てる筈なんだけど…」
晃佑の問いに小さく呟きながら歩く。現在はどうやら、講堂から東門の方に抜け、そこからまっすぐ六号館の方に向かっているようだ。地図もないのによくわかるなと思っていたら、どうもスマートフォンに地図を入れてきているらしい。時折、携帯画面を見て足が止まるのはそのせいみたいだった。
六号館の近くに来ると、サークルの勧誘で人がごった返していた。一応、きちんと割り振りされたブースがあり、目当てのブースを見つけてサークル入会手続きをしている新入生もいるようだった。
「あ、あった。ここだ、ここ」
六号館を左に曲がり、十一号館寄りのブースの真ん中で暁が足を止めた。
「ちわす。
暁がブースに座っている男性に話しかけると、ブースの男性ではなくその後ろに立っていたセミロングヘアーを下ろした女性が暁に言葉を返してきた。
「おや、暁クン。来てくれたの?」
「勿論ですよー。この大学に入ったからには、先輩のお世話になります!」
「問題児がまた迷惑掛けに来たワケね?」
「ひどいっす!」
随分慣れたやり取りに、二人が知り合いなのはわかった。先輩と呼んでいたからきっと高校の時の繋がりだろう。コイツは人見知りしないから、いろんな場所に知り合いも多い。そういうところは絶対自分には真似出来ないところだ。
二人はしばらく会話を続けていたので、晃佑は会話に加わらず二人の様子をただ眺めていたのだが、ふいに女性の方が晃佑へ視線を向けて暁に問いかけてきた。
「…んで、お友達も連れてきたの? 新顔だねぇ」
「おー、コイツ、オレの幼馴染み」
「幼馴染み……」
うわぁ、と声を上げて、女性から可哀相なものでも見る目で見られた。
「君、暁クンの幼馴染とか、苦労したでしょう?」
「…わかりますか」
「さすがにねぇ…ウチの高校出身者なら暁クンのこと知らない人はいないもの」
あ、なんとなく察しがついた。
聞かなくても暁が馬鹿なことをやらかしたのは間違いないだろう。
「頭はいいんですけどね…」
「そうなのよね…頭も容姿もいいんだけど、馬鹿だからねぇ……」
ふう、と顔を見合わせて溜息をつく。どうやらこの女性とは意見が合いそうだ。
「忍先輩もミキちゃんもオレのことバカバカ言うなってば!」
声を荒げ、暁が文句を口にする。言いたい放題言われていたのに黙っていられなくなったらしい。
「馬鹿って言われたくなかったら、大人しくしろ、馬鹿」
「
「普通に言っても聞いた
小さく吐息を零し、暁の先輩という女性に向き合う。
「自己紹介がまだですみません。あの馬鹿の幼馴染で神樹元晃佑と言います。貴方は暁の高校の先輩で合ってます?」
「ええ。経済学部三年、
「じゃあ、忍先輩、でいいですか?」
「うん、そうしてもらえると嬉しいかな。それにしても、君が噂のミキちゃんかぁ…結構おっきいのね。身長いくつ?」
「百八十くらいあります。というか、なんですかその『噂の』って…」
忍先輩に問いかけながら、半眼の視線は暁に送る。何を噂してるんだ、お前は。
「ミキちゃん武勇伝」
晃佑の視線をものともせず、暁は非常にさわやかな笑顔を向けて言い切った。
いい笑顔で答えるんじゃない!
「なんだ、その武勇伝! お前に連れまわされた黒歴史じゃねぇか、コノヤロウ!」
「えー、でもあの心霊スポットの逸話とか、気に入られてたけどー?」
「そりゃ、お前は面白かっただろうけどな、後が大変だったんだよ馬鹿!」
腹が立って目の前にいる暁の頭をはたいた上、右頬を
「いひゃい…」
「俺の事、言いふらした罰だ」
二分ほど抓って、手が疲れるから離してやった。それだけで勘弁してやった自分の優しさを思い知って欲しいくらいだ。
「何か、漫才みたいね、キミタチ」
「コンビにしないでください」
「いやぁ、それほどでも」
彼女の言葉に、晃佑と暁が同時に違う事を告げる。
そのタイミングが同じだった事がウケたのか、忍先輩が声を上げて笑い出した。
「あー、いいねぇ、晃佑クン。暁クンが気に入るわけだわ」
「でしょおー?」
「俺としてはお役目御免したいところなんですがね」
吐息をついて顔を
調子に乗るコイツこの後をどう締め上げようかと考えていたところで、暁が思い出したように口を開いた。
「ところで、先輩。オレら、サークルに入りに来たんだけど」
「あ、挨拶だけじゃなくてホントに入ってくれるの?」
「勿論。先輩から話聞いてたから、オレとしては迷うところもないし」
満面の笑みで答える暁に、忍先輩は目を細め、疑問そうにこちらを見据えた。
「暁クンはそうでも、そっちの晃佑クンはここが何のサークルかも聞いてないんじゃないの? 君のことだから教えてないでしょ」
「あー…そういや、忘れてた」
指摘する忍先輩と頭を掻いて誤魔化すように笑う暁を見比べながら、晃佑は首を傾げた。
何の、って…割り当てられたブースに設置された机には『旅行研究会』って書いた看板が置かれているけれど。
「旅行研究会、じゃないんですか?」
「表向きはね」
問い掛けに答える彼女の声に含み笑いが入ってるのに気付き、嫌な予感がした。
そもそも、暁が気に入ってる時点で何かがあるのは間違いないんだ。
何故、自分はそれに気付かなかったのだろう。あえてスルーしてしまった自分が憎い。
「…裏はアレですか」
「あら、わりと勘がいいのね」
「さっきの暁の発言でなんとなく」
ヒントは会話の中に出ていた。晃佑の黒歴史ともいうべき出来事が彼女に知られている時点で、そういう事なのだ。
ニッコリ微笑み、彼女は正解を口にした。
「廃墟や心霊スポットを巡る旅行研究会へようこそ!」
「――帰ります」
「待て待て! 一緒に入ってくれる約束だろ?!」
踵(きびす)を返そうとした晃佑の腕を暁が掴んで引き止める。
一緒に入る約束なんてした覚えもないし、入りたいとも思わない。
「誰がそんな約束したよ! それでも主席か、この阿呆! あ、そういや新入生代表なの黙ってやがったな、お前」
「首席かんけーねぇもん! あ、結構なサプライズだっただろ、アレ?」
「ビックリしたし」
「だろー!」
暁と押し問答をしていた筈が、いつの間にか普通の会話にシフトされていた。これが暁マジックか。
「漫才はそこまでにして、学部と学籍番号と名前をこの紙に書いてくれるかな?」
忍先輩が笑顔で名簿登録票を右手でひらひらさせる。
「俺、入るって同意してませんよ」
しれっと吐き出すと暁が恨みがましい目でこちらを見つめてきた。
何か言いたげだな、お前。
言いたい事があるならはっきり言った方がいいぞ?
「…なんだよ?」
「ミキちゃん、同じサークル入ろうよ。また同じ学校になったんだし、一緒に遊びたい」
問われてようやく、暁が言葉を紡ぐ。
つーか、ガキか、お前は。一緒に遊びたいとか…なんだよそれ、小学生でもあるまいし。大学になっても言う台詞かよ、それ。
脳内で暁の言葉にツッコミ入れていると、忍先輩が楽しそうに唇の端を吊り上げて微笑んだ。
「晃佑クーン、口元、笑ってるわよ?」
――え、嘘。
口元を手で押さえたが、もう遅い。暁も嬉しそうにこっちを見つめて肩を揺さぶってくる。
「ミキちゃん! ね、いっしょーのお願い!」
「あー、揺さぶんな、離れろ。うるさい、喚くな」
罵詈雑言を浴びせても、暁は構うことなく言ってくる。
こうなったら諦めやしないんだ、この馬鹿は。
何度かこのやり取りを繰り返して、とうとう晃佑が折れた。
「わかった、わかった。名前だけは書いてやるから!」
「よっしゃあ! 先輩、早く用紙出して!」
「晃佑くん、はい。これ、書いてくれるかな?」
折れた途端、コロッと様子が変わる暁。
…早まったかな。まぁ、別に他のサークルへ入れないわけじゃないし、名前だけの会員もアリだろ。
忍先輩が渡した紙に自分の学部、学籍番号、名前を書いて渡す。続いて暁もその登録票に名前を記載していく。
「今書いてもらったのって仮の登録用紙だから、後日、サークル入会書と入会費持ってきてくれるかな?」
説明しながら入会書を手渡してくる。サークルの活動内容など、細かい説明はこっちの入会書に書かれているようだ。
「入会費かかるんですね」
「活動にはいろいろと掛かるものなのよ」
忍先輩の言葉に、どんな活動かはあまり聞きたくない晃佑は軽く流しておいた。自分に災難が降りかかるのは御免である。
疲れた顔で入会書を眺めていると、暁が唐突に言葉を切り出した。
「ねー、ミキちゃん。挨拶も済んだし、サークルにも入ったんだし、そろそろ行かない? 昼飯、どっかで食わないと午後の全学部ガイダンスもたないんだけど」
誰のせいで疲れたと思ってんだ、コノヤロウ…。
なんて返してやろうかと言葉を探していると、忍先輩が口を開いた。
「あ、そういえば午後から新入生は一斉ガイダンスなのよね。じゃあこれ、差し入れ」
呟きながら忍先輩は机の脇に置いていたトートバッグを漁ると、紙パックの野菜ジュースを二つ渡してきた。
「いいんですか?」
「別にいいよ。後でサークルのメンツに配ろうと思ってたものだし。持ってきた数も多いから。二人で飲んで」
「先輩、あざーす」
「暁クンは調子イイんだから、全く」
二人のフランクなやり取りに、ちょっとだけ気持ちが落ち着いた。この先輩は本当に暁の事可愛がってんだろうな。暁の懐きようも頷ける。忍先輩はいい人だ。ジュースもらったからそう思ったわけじゃないぞ、多分。
「忍先輩、ジュースありがとうございます。これからよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくね、晃佑クン」
返事を口にした忍先輩は、柔らかい微笑みを浮かべていてとても綺麗だった。
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