第4-3話 カミサマの縁と人の縁




 事情や理由を理解してようやく協力する気にはなったのだが、如何せん話は全く前に進んでいない。


 理由など明白である。


 この神様の半身を捜すにあたって、コレと言った手がかりがないことがわかったからだ。


「容姿は変わってる可能性があるし、目印らしい目印もない…これで捜せって、無謀じゃね?」

「うーん、僕が見れば一発でわかるとは思うんだけど」

「どうして?」

「今が人間だとしても、僕は彼女の魂の形を知っている。間違えるわけがない」

「魂の形?」

「君たち人間にはわかりづらいだろうけどね」


 前置きし、陸は言葉を続ける。


「人が形成される過程で、『魂』というものはその人を司る中心と言ってもいいほど、人格やその人の外見に色濃く現れる。君が今その姿になったのもその魂が核を成しているからなんだよ?」

「へぇ…」


 今度は魂ときたか。

 非現実な内容のオンパレードでそろそろ頭が混乱しそうだ。


「それでもさ、お前にそれらしい人物を教えるにしても、まず俺が目星をつけられなきゃ意味がないだろ」

「それなんだけどさ…君はこうして僕を見ることが出来る。つまり、僕の波長を捉えることが出来てるってことなんだよね。だから、僕に似た気配を感じ取れる筈なんだよ。そういう直感の働く相手っていうのは無視出来ないと思う」

「俺の直感でいいのか?」

「まぁ、当たるかは五分だろうけど。何にも進めなかった昨日までより全然いいよ」


 当たるも八卦、当たらぬも八卦…なんの富くじだ?

 富くじ、で思い出したが。


「そういやさ、お前の制約が掛かってなんか変わった? いい事あるみたいに言ってたけどさ」


 相変わらずの巻き込まれ運にゲンナリするばかりなんだけど。

 そう問いかけると、陸が急に口元に手をあてて噴き出した。


「プフー! えっ、何か期待してるの? というか期待してた? ごめんごめん。多少、運気が上がるくらいだよ。あ、いっそのこと僕が毎日運気占いでもしてあげようか?」


 クスクスと面白そうに笑う陸に晃佑の目が据わる。



 ――この野郎。何が良い事ある、だ。大嘘かよ。



 睨み付ける晃佑の視線が痛かったのか、陸はひとしきり笑ってから再度ごめんと告げながら言葉を繋いだ。


「半分しか名前を制約してないからね。フルネーム教えてよ。誓約の上書きしとくから」

「効果が嘘なら別に制約する意味ないだろ」

「嘘じゃないよぉ。ちょっと運気があがる。電車で座れるとか、小銭を拾う…とかいうレベルだけど」


 それ、運気が上がるって言うのか?

 別にいつだって座ろうと思えば座れるし、お金だって多少なら拾う事もあるし。そんな微妙な運気 上昇ってどうなんだろう。それに、そんな微笑混じりに告げられる言葉のどこに信憑性があるって言うんだ。


 とはいえ、黙ってるのも癪なんで名前をボソリと告げる。


「…神樹元晃佑」

「ミキモト…って神の木の元?」

「キは樹木の樹だけどな」

「ふうん…珍しい名前だね」


 神様が珍しいというほどの名前だろうか。ここの住人はわりと珍しい名前の人も居ると思うのだが。


「ここの建物を作ってる血筋も強い名前をしてるけど」

「あ、やっぱりそうなのか。変わってるもんな」


 暁の事を思い浮かべ、晃佑は強く頷く。陸から見てもの血筋は強いらしい。なんでも、神に連なる名を持ってるとか。それは人捜しに関係ないのでおざなりに聞き流して終わった。




 一通りの話し合いを経て、晃佑がトイレから出ると途端に日常生活の音が耳に響いてきた。どうも、陸とトイレで会っている時は外部の音が遮断されているみたいだ。ということは自分らの会話も全て遮断されているのだろうか。

 これで晃佑がトイレに篭っていて自分の声だけが外に聞こえていたとしたら、晃佑は精神病棟に連れて行かれかねない。それだけは勘弁して欲しい。自分は精神異常者ではない。ちょっと異常な出来事に巻き込まれたただの人間なのだから。


 部屋に戻って時計を見ると、まだ正午を回ったばかりだった。そんなに時間は経っていないようだ。長くトイレに篭っていたような気がするのだが、話が濃かったせいでそう感じていただけなのかもしれない。


 机に置いたペットボトルに口をつけ、一口飲み込む。そういえば二日酔いがいつの間にか収まっている。薬がきいたのだろうか。

 ムカムカが収まってくると今度は腹が減ってきた。

 そういえば三日目の今日は生活に必要な食料品などを買い込んでこようかと思っていたところだ。駅前まで出れば大概なんでも揃いそうだし、出かけてくるのも悪くない。


 ついでに空腹を満たすために外食で済ませてしまうというのも魅力的だ。

 それじゃ、出かけるか。

 そう思ったところで扉がノックされる。


「はい」


 声をかけながら扉を開けると、暁と日高さんがつるんでやって来た。


「神樹元君、体調どう?」

「薬もらって飲んだから大分落ち着いたみたいだ」

「良かった。んじゃさ、これから皆で駅前出ようかって話してたんだ。神樹元君もどうかな?」

「皆?」

「そっ。俺ら、まだ入学式前じゃん? 新入居者で親睦を深めるために飯でも食いに行こうって。同じ大学なのも何かの縁だし」

「彩音ちゃんは違う大学だけどな」

「え、女子も一緒?」


 びっくりして暁に尋ねる。


「おー、喜べ! 男三人でつるむより華があったほうが嬉しいだろ」


 ニヤニヤしている暁に日高さんも同意している。

 男子高校生のノリか、これ。もうすぐ大学生になるってのに。


「まぁ、野郎より女子がいると華やかなのには同意するけど」


 買い物の予定もあったんだが、まあいいか。シェアハウスのメンバーと交流を深めるのも悪くない。何より、晃佑はそういう人付き合いをあまり得意とするタイプではないので誘ってもらえるなら好都合だ。


「すぐ出られる?」

「おう、すぐ行くわ」

「んじゃ、玄関で待ってるから」


 先に玄関に向かう暁たちを見送ると、晃佑は手に持っていたペットボトルを机に置き、財布と携帯だけジーンズのポケットに突っ込んで、ジャケットを羽織る。

 そのまま部屋を出て――こういう時は鍵を掛けずに済むオートロックなのが便利だ――エントランスへ足を向けた。


 エントランスには暁、日高さんの他に都河さん、神原さんがいた。成程、新入居者全員で行くわけね。


「駅前のファミレスでいーよね?」

「どこでもいいよ。詳しく知らないし」


 スニーカーを履きながらそう言うと、都河さんが問いかけてきた。


「神樹元くんって地方出身?」

「ああ。群馬県民」

「へー…でも虹上くんと幼馴染じゃなかったっけ?」

「あぁ、アイツから聞いた? 小中って腐れ縁。その頃は埼玉に住んでたんだ」


 話しながらぞろぞろと歩いていく。バスなんて使う事はしない。ここから駅前までたかだか十分、話しながら商店街を抜けるとすぐ駅前に着くだろう。


「お。俺、地元埼玉だよ。どの辺に住んでたの?」

「浦和」

「へー、俺は越谷」


 お互いのプロフィールがほとんどない為、話しながらの移動はあっという間だ。さほど時間を感じないまま駅前に着くと、適当なファミレスに入っていく。


 昼時ではあったが、平日という事もあり、さほど待たずに一緒の席に座ることが出来た。

 注文をし終え、ドリンクバーの飲み物が全員に行き渡ったところで、暁がその場を仕切る。


「えー、では。改めまして…折角一緒に住む事になった縁なので、皆様これからよろしくお願いします!」


 変な掛け声で皆が乾杯しだす。コイツがめちゃくちゃなのはいつもの事なのでそのままの流れで乾杯をしていく。


 自己紹介は夕べしているので省略し、注文した食事が来ると、それを食べつつシェアハウスに入居を決めた経緯や、プライベートに近い質問などが各々に投げかけられた。


「皆、いろいろ内覧に行ってここに決めたの?」

「俺はここだけだ」

「私は数件見て決めましたよ。説明だけだとよくわからなかったので」

「内覧ってあったんだな。俺、即決で決めちゃったからなぁ」


 日高さんの言葉に、皆が一斉に彼を見た。


「え? 内覧必須じゃないのか?」


 不思議そうに告げると、暁が口を挟む。


「いや、確か内覧必須じゃなかった気がする。審査で問題なければそのまま入居可だよ。実際、オレは内覧してないし」

「お前は自分ンとこのだからだろ。でも、お前ンとこの親が良く許可したな」

「ミキちゃんによろしく、って言ってたけどな」


 ちょ、それ明らかに当てにしてるだろ。


「よろしくされたくねぇ…」


 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべると、暁は何かがつぼに入ったらしく、笑って晃佑の肩を叩いてくる。痛いから毎回それ、マジで止めてほしい。


「虹上くんと神樹元くん、仲いいよね」

「幼馴染でそういうのは羨ましいです」


 ねー、と女子二人は顔を見合わせて頷いている。どこが仲いいのか説明してくれ。


「俺も仲間に入れてくれよー!」


 拗ねちゃうぞ、ふざける日高さんに暁も乗っかってはしゃぎだす。


「ダメダメ。オレとミキちゃんの仲だから」

「ズルイッ!」

「こーら、暁。日高さんも悪乗りすんなよ、まったく…コイツ、昔っから面白い方ばっかに進んでくから、軌道修正大変なんだぞ?」


 はぁ、と深い溜息を落とすが、晃佑の言葉は誰の耳にも入っちゃいなかった。


「ねー、ミキちゃんて可愛いから私も呼んでもいい? 名前で呼んでいいからさー」

「あ、俺も俺も! 呼ぶとき名前で呼んでいいぜ?」

「でも珍しいですよね、名字であだ名って」

「オレがつけたの。出会った時からだから、長いなー」


 それぞれ好きなように告げていく。


 …おい、皆、少しは人の話を聞けよ。


「ミキちゃんはやめてくれ…小さい頃そのあだ名で呼ばれててしばらく馬鹿にされたんだぞ…呼ぶならまだ名前の方にしてくれよ」

「虹上くんはいいのに?」

「アイツは言っても直らないんだよ…何回言ったと思ってんだ」


 諦めただけだ、と答えると都河さんはにっこり笑って面白がる。


「ほら、やっぱり仲良いじゃないー」


 女子って何でも面白がるよなぁ……。


 …と言うか。


 都河さん、絶対、暁に気がある。

 昨日の歓迎会でちょっとそう思ってたけど、これ明らかだろ。だから暁と仲の良いと思われる俺にも話しかけてきてる気がするし。


 そういうことなら、間に挟まれるのは御免である。


「…暁からもなんか言っとけ」


 手で指示して見せると、暁は都河さんに微笑みながら話しかけていだ。


「唯ちゃん、名字で呼ぶの呼びづらくない? ミキちゃんの事を名前で呼ぶなら、オレの事も名前で呼んでよ」

「えっ、うん。そうしよっかなぁ?」


 ちょっと嬉しそうな都河さんの様子に、他の面子は気付いているのだろうか。


 ああ、同じ女子の神原さんは微笑ましそうに見つめているから、気付いていそうだな。


 きっと暁は気づいていなさそうだが。


「彩音ちゃんも好きに呼んでよ」

「ええ、そうします」


 神原さんにまで声掛けてるんだから、気づいてる筈もないよな。


 シェアハウスでそういうゴタゴタおこしてほしくないんだけど、と内心で呟きながら晃佑はドリンクバーのお替りを注ぎに席を立った。


 この後も結局、雑談めいた会話が続き、お互いの学部や入学式の日程まで話して、また機会があればこういう交流会をしようか、というところで話を締めくくった。

 店を出た頃には日も大分傾いており、大分店に長居していた事が窺い知れた。


「んじゃ、このあと買い物していく人はここで解散ということで」

「おう。それじゃ、また家で」

「お疲れー」


 駅前で自由解散になった為、晃佑は当初の目的通り、買い物をして帰る事にしていた。暁と都河さん、武士はそのまま家に帰るようだが、神原さんは駅ビルに寄ってスイーツを買ってから帰るらしい。途中まで一緒に行こうと声を掛けられ、ファミレスから駅の方向へ足を向けた。


「楽しかったですね、交流会」

「そうだな、何だか暁が一人騒いでる感じだったけどな」

「虹上さんは賑やかな人ですよね」

「賑やかって言うか、うるさいだけだけど。神原さんもアイツに巻き込まれないよう、気をつけて」

「…まぁ、巻き込まれそうですけど。唯さん、かなり虹上さんの事、気に入ったみたいですし」


 苦笑しながら会話を続ける。やっぱり神原さんは気付いてたみたいだな。


「当人同士がお互い盛り上がるんなら構わないんだけどな。こればっかりは、感情があるから難しいよな」

「人間って、そう考えると難しいですよね」


 ふふ、と笑う神原さんは楽しそうな表情を浮かべていた。


「人間学? それとも哲学?」

「どちらかというと心理学、ですかね。専攻は音楽ですけど、そういうのも好きなんです、私。そちらも学びたかったんですけど、やっぱり歌うのが好きなので」

「声楽専攻なんだ? どうりでいい声してる」

「褒めても何も出ませんよ?」

「お世辞じゃないって」

「嬉しいですね。ありがとうございます」


 柔らかく微笑んで、彼女は礼を告げる。驕らず、自分に自信を持っている彼女のその姿勢が晃佑には眩しく感じた。


「あ、私はここで失礼しますね。それじゃ、また家で」

「おう、また」


 話しながらいつの間にか駅ビルの前まで来ていたらしい。小さく会釈すると、神原さんはビルの入り口に向かっていってしまった。


 しばらくその後姿を見ていた晃佑も、自分の買い物を思い出して近くのファッションビルを目指して歩き出した。入学前の悠々自適な生活を送っているとはいえ、時間は無限ではないのだから。




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