第4-2話 探す理由




 しん、と冴えた空気が辺りを包んでいる。ここがトイレとは思えない程空気が清浄で、普段なら聞こえてくるはずの生活音も一切聞こえてこなかった。

 その空気の中で、陸は口を開いた。


「――今から遠い昔、僕と彼女はこの世に神として生まれた。僕は黄泉の国とこの世を遮る役割を、彼女は現世の人々の幸福を守る役割をもって」


 人が生まれだした頃だよと言われたが、それがどれほど遠い昔なのか、晃佑には想像がつかなかった。


「生まれてから僕たちはいつも一緒にいた。生まれながらにして僕たちは対の存在だったから、お互いさえいればそれで幸せだった。神としての役割もこなしつつ、穏やかに生活をしていた」

「神様も普通に生活するのか?」

「するよ。基本は天の国で生活していたけどね。人が増えてきてからは信仰も増え、拠点となる石も数多く置かれるようになったから、現世を飛び回る事も多くなった」

「俺が見たような石の置物?」

「そう。人は僕らを頼って石で象ったものを置いた。そして僕らは人の願いで悪しきものを遮り、道行く人を守り導いてきた」


 過去を語る陸の表情は穏やかで、でも何処か痛々しく見えた。


「…その日も、僕は辻を通る人間を黄泉に迷わせないよう導いていた。適度に魔を払い、防いでいた筈だった…そこでイレギュラーが起きたんだ」

「イレギュラー…」


 陸の声のトーンが変わる。それだけで良くない事が起きたのだと知らない晃佑ですら予想する事が出来た。


「うん、黄泉から抜け出そうとした大物妖怪が現世に出てこようとしていたんだ。その妖怪は人を惑わし、喰らう。そんな事になったら現世は大変なことになるからね。阻止するために僕らは力を注いだ」


 人を食らう妖怪とか、どんな御伽噺の世界だろう。


それが実際起こった頃だとは、晃佑には想像出来ない。まるで映画やゲームのような印象でそのまま話を聞いていた。


「僕らはあくまで二人で一つの神様。遮り払う僕の攻撃の力と、寄せ付けず通さない彼女の防御の力で僕のほうが守りは弱い。そこを、妖怪に付け狙われてね。妖怪の鋭い爪が僕の腹を貫通した」


 自身の腹の真ん中をさすりながら陸が告げる。


「痛かったよ。死んじゃうと思った。神とは言っても必ずしも不死ではないからね。もう駄目だなって思ったところに彼女の力が僕へ流れ込んでくるのがわかった。死なせたくない、その一心で自分の力と生命力を僕に送り続けたんだ。お陰で、僕は生きている」

「…お前の腹を貫いた妖怪は、どうしたんだ?」

「勿論、黄泉に送り返したよ。今も向こうで再生中じゃないかなぁ? 統合された僕の力はかなり強かったみたいでね。数百年は経つというのに生きてはいるけど上手く蘇生してくれないって、妖怪を保護しに来た黄泉の者が言っていたから」

「その妖怪を滅ぼしたりはしなかったのか?」


 先程から話を聞いていて思うのだが、目の前の相手から一切、憎悪を感じない。


 自分を追い詰め、相方を死に追いやった存在を憎くはなかったのだろうか?


「…滅ぼす事は出来ないよ。陰陽のバランスが崩れる」

「それもことわりの一つなのか」

「まぁ、言ってしまえばそうだね」


 意外と飲み込みが早いね、と陸は静かに笑った。


「それにね、僕たちは負の感情が長く続かない。それが神と言う存在だから。まぁ、邪神や悪神なんかは闇に属するものだから僕らとは正反対になるんだけど。僕に関して言えば、彼女を失ったのも自分の責任だし、大物妖怪も必要悪なので存在をなくそうとは思わない。ただ、彼女が消えてしまって寂しいのは事実だから、愛しい対にもう一度会えるなら、会いたいと思ったんだよ」


 理由はそんなところかな、と陸は微笑んだ。


「だから、出来る事なら協力して欲しい。僕が見える人間というのは貴重だし、相手が人間になってしまった今、僕から直接働きかける事は出来ないから」

「人間の世界に関与する事は出来ないから?」

「そう。やっぱり君、飲み込み早いよ。適応力もある」

「順応力が高いと言ってくれ。周りに破天荒な奴がいると、トンデモなことにも慣れざるを得ないんだ」


 深い溜息を零して晃佑は陸に言葉を投げる。


「こうして最初から順を追って説明してくれれば、俺だって疑ったりしないのに」

「そうだね、ごめん。何も言わないで手伝わせようって言うのは難しい相談だったね」

「…神様と人間で大分常識にズレがあるのがわかったから、それについてはいいよ、もう」


 何も言わない陸も悪いが、そもそも疑ってかかった自分も悪かった。

 お相子という事で流してしまっていいだろう。


 あんなに信用できないと思っていた相手に対して、今では協力してもいいという気持ちに変わっているし。

 自分も何だかんだ言って甘いのかもしれない。


「仕方ないから、協力してやるよ。俺しか適任者が居ないみたいだし」

「そうなんだよ…実はこの建物以外にも彼女に関わりのありそうな土地、名前などから手当たり次第出没してみたけれど、僕と波長が合って僕を認識してくれる人間は一人も居なかったんだよね」


 困り眉で告げる陸に、晃佑は意表を突かれたような表情を浮かべた。


 あ、一応やれそうな事はしてみていたわけか。無駄にトイレの花男さんをしていたわけではないようだ。


「…トイレに限定してるから、難しいんじゃない?」


 思った事を有り体に告げれば、またもや陸がハッと目を見開いてきた。


 …おい、またか。

 このパターン、何回やれば気が済むんだ、この神様は!


「人間って難しいよ!」

「神様の言い分の方が難しいわ!」


 やかましい、と叫びたくなったのは言うまでもない。




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