第4-1話 カミサマの過去




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 誓約が成り立つと、二人の女神たちは「あとはそちらで相談してね」と可愛らしい声で告げて去って言った。

相談も何もあったもんじゃないんだが。


「……手伝いって、基本的に何をすればいいんだ?」


 はぁ、と短く溜息をついてから晃佑は口火を切る。どうせ断れないならさっさと手助けしてしまえばいい。その方が気も休まるってものだ。


「僕の半身と思われる存在を僕に教えてくれればいい」

「簡単に言うなよ。手がかりとかあるのか?」

「手がかりねぇ……」


 天井を見つめながら陸は考える素振りをする。見れば見るほど人間くさい神様だ。


「そうだなぁ…前は長い黒髪は艶やかで、肌の色は白く透き通るようで、小さな口は薄い桜色に色づいていてものすごく美人な子だったよ?」


 容貌を思い出しながら教えてくれたが、それは転生前の姿だろう。そんなので今、探せると思っているのだろうか。


「神様から人間になってんだろ? 姿だって昔のままじゃないんじゃないのか?」

「ハッ、言われてみれば…!」

「おい……お前、本当に神様なんだよな?」


 鈍さに呆れ果てて、晃佑は半眼で相手を見遣る。


「本当に本当の神様だよっ!」


 相手は疑わしげな晃佑の視線に、憮然とした表情で喚き返してきた。


 どうも掴めない。


 惚けたように振舞って見せたり、強引に事を進めてみたり。

 口調は一貫して神様らしくないくだけたものだが、もしそれがパフォーマンスだとしたら?

 大体、この男は自らの半身の力を吸い取った、と言っていた。その力はいつ吸い取られたものなのか。そして力を失くし、人間に生まれ変わった半身を何故、今になって捜しているのか。


 思いついた懸念が胸の奥から沸き上がって止まらない。

 半身を見つけた後、彼はどうするのだろう。


 もしかしたら、この男は。

 人間に生まれ変わってきた半身を見つけて、再度自らの手で奪い取るために捜しているのではないのだろうか――?


「晃佑?」


 問い掛ける声に、晃佑はふと我に返った。


 …今、自分は何を考えていた?


 目を数度しばたたかせて、愕然としたまま未だ二の句が継げないでる。 


「魔でも差したかな、人の子」


 クスリ、と小さく笑って晃佑を見つめる陸は、どこか柔らかい表情をしていた。


「逢魔が刻にはまだ早いよ」


 そら、祓ってやろう。


 彼はそう言って晃佑の額に右手を翳した。翳された掌から白く暖かい光が照らし出し、晃佑の視界を白に染めていく。


(眩しい…でも、何処か落ち着く光……)


 目を開けていられなくなって、晃佑はぎゅっと瞳を閉じた。

 時間にして数秒だろうか。再び目を開けた時には光は完全に収まっていて、目の前にはヘラヘラ笑う自称神様が居るだけだった。


「油断すると、魔はいたるところから入り込んでくる。人の心は移ろいやすいから、気をつけたほうがいい。特に君みたいなお人よしの子はね」

「…アンタがその『魔』じゃない証拠はあるのかよ」


 仏頂面で陸を見遣ると、彼は面白そうに目を瞠らせた。


「うーん、そっちにきたか。人間って面白いね」


 苦笑めいた笑顔で晃佑を見つめると、陸は口を開く。


 そっち、ってどっちだよ。


「誤魔化してるのか?」

「いやいや、面白いって思ってるんだよ。意外性、と言ってもいい」

「どういう意味だ」


 更に訝しげに眉を潜めると、陸の言葉が続いた。


「じゃあ逆に聞くけど…君は僕をどう思う? 忌憚のないところを聞かせてくれない?」


 思いもかけない問い掛けに、晃佑の言葉が詰まる。


「どう、って…」

「見目形でも、思う事をただ言ってくれればいい」


 何を言っても構わないと先を促され、晃佑はしぶしぶ言葉を繋ぐ。


「……自称神様のお化け。見た目はただの軽薄な兄ちゃん。神様の威厳も感じない」

「酷い言われようだねぇ」

「好きに言えって言ったのお前だろうが」


 吐き捨てるように告げて、そのまま続ける。


「聞いた話によると、人間に転生した自分の半身を探してる。俺をその半身探しのサポーターに任命。なぁ、これって逃げられないのか?」

「誓約があるからね」

「そういう事を俺に承諾なくやった阿呆。ストーカーの悪霊じゃねーか、これだけ聞くと」


 深々と溜息をついて、目の前にいる男を睨みつける。

 こうして口にしたことでいまいち信用できない部分が明らかになった。だから、自分はコイツに名前を教えたくないと思っていたのかもしれない。

 しかし、相手は晃佑の言葉にも臆することなく、笑って言葉を返してきた。


「うーん、だから僕を『魔』だと思うってことかな?」

「実際、そう思われても仕方ないと思わないのかよ、コレ。現状でお前を信用しろって、難しいだろ」

「そうかぁ…そう思われるんだったら、もう少し人間を知っておくべきだったな」


 言い回しが少し気になり、陸の表情を見つめる。

 意味がよくわからない。自分が相手を信用できない事とどう繋がると言うのだろうか。

 晃佑が疑問そうに首を捻っていると、困ったような表情を浮かべ、陸は小さく吐息をついた。その人間くさい表情にどこか毒気を抜かれた気がした。


「概念が違うの、忘れてたよ」

「概念?」

「そう。神ってのはね、基本的には『善』とされるべきものなんだ。神としての呼び名がついている時点でその性質は決められるから」

「それはどういう?」

「例えばだけど、僕だったら『道祖神』という呼び名がついてて、その性質は魔を防ぐもの。つまり、その名を名乗った時点で僕には『魔』たりえない証拠が出来てる、ってことだよ」


 説明はわかったが、内容については正直なところ、よくわからなかった。

 神としての名を告げただけで証拠になるとか。その感覚はわかりそうにもない。


「もし、誰か別の神が自らの呼び名を、故意に嘘をついて告げていたとしたら?」

「それはことわりに触れるから出来ない。理ってのは世界を構成していく上で絶対のもので、僕らには覆せないし」


 世界を構成する理、とか。話が大きすぎてついていけない。え、こんな神様に見えない奴でもそんな壮大な話の流れに入っちゃう存在なの?

 あまりにも大規模すぎる話の流れに、晃佑の口から一瞬魂が抜けかけた。そもそも、晃佑は根っからの理系人間だ。その自分にこんな小説めいた事が起きているなんて、どんな現実だ、これは。

 晃佑の当惑に気付いたのか、陸も苦笑を強めている。


「これ、人間に言ってもよくわかってもらえないんだよねー。君も多分そうでしょ?」


 その通りだが、図星を差されるとばつが悪い。そのまま黙っても居られなくて、晃佑はボソリと呟きを漏らした。


「…アンタが悪いものじゃない、ってのはわかった」

「そう? それは良かった」

「でも、それじゃあ何のために半身を捜してるんだ? 自分で相方の力吸い取っちゃったんだろ? 人間になった半身に会って何がしたいんだ?」


 今まで口に出せなかった疑問を陸に問いかける。この疑問が解けない限り晃佑は目の前にいる自称神様に協力するつもりはなかった。たとえ名前でこの神様に縛られていてもだ。

 相対する陸の視線が晃佑から外れる。


「…自分で吸い取った訳じゃない」


 陸が小さく呟いた。晃佑にはその声がどこか哀愁を帯びているように感じた。


「彼女が僕に力を渡してきたんだ。今わの際に」

「何があったんだ?」


 声の質が変わった陸に、晃佑は慎重に問いかける。


「聞いたら、もう引き返せないよ?」

「名前で制約してるんだろ?」

「半分しか縛ってないからそこまでの制約はないけど、聞きたいかい?」 

「…聞かなきゃ協力は出来ないだろ」

「……そうだね。人捜しに付き合わせるからには、知ってもらったほうがいいのかもしれないね」


 静かな声で告げる陸に、晃佑は黙って頷いた。



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