第2-3話 揺れる世界




 持ち上げられて飲むこと数時間。

 自分の許容量を超えた酒量に、晃佑の身体はとうとう悲鳴を上げた。

 少し前からそうではないかと頭の片隅で感じていた頭痛と、狭まる視界。そして、やってきた吐き気。

 まさしく、これは悪酔い状態に他ならないだろう。

 こんな場所で戻すわけにもいかないし、ふらつく身体に鞭を打って晃佑は階下へ向かった。


(三階は女子トイレしかなかったよな…)


 頭の片隅でこの建物の配置を思い出し、更に中央の階段へと足を向ける。

 猶予はあまり残されていない。なるべく急いでリビングの側にある男子トイレを目指した。


 ゆらり、ゆらり。


 どうにも世界が揺れている。震度三から四レベルの揺れだ。その揺れに身を任せたまま晃佑はどうにか二階のトイレへ入る。よし、吐き気もなんとか我慢できたようだ。

 個室に近寄ると、ドアノブを掴んでドアをあけようとしたが、生憎そのノブはガチャガチャ音を立てるだけで回る事はなかった。どうやら先客が入っているようだ。

 こうなると居ても立ってもいられない。ここが駄目なら残るはもう一階下にある男子トイレだ。中で何か言っている声がしたが、それに構っている余裕もなく、晃佑は更に階下を目指して歩き出した。




 そして現状に至る。まさか屋上から一階までの大移動を強いられるとは思わなかったが、屋上に人が集まっている今、すいていることだろう。

 一階は全体的にしんと静まり返っていた。一人だけ歓迎会に不参加の住人がいるが、まだ帰っていないらしい。既に十時を回っている筈なのに、こんな遅くまで御苦労な事である。

 階段からすぐ右に曲がり、静かな廊下を進む。目的のトイレまではあと少しだ。身体で押すようにして小さく扉を開けると、トイレの中へと入り込んだ。


 とにかく吐きたくて仕方がない。 


 吐いてしまえばこのムカムカは消える筈だ。


 男性用小便器には目もくれず、一番奥にある個室へようやく辿り着くとドアノブを捻る。またしても開かない。


 ――どういうことだ?


 ガチャガチャすら鳴らないということは、鍵が掛かっているわけではないということだ。試しにノックしてみても何の反応も返ってこない。

 そういえばここの男子トイレは立て付けが悪いのか時々開かなくなると誰かが言っていたような気がする。

 とはいえ、ここまで来た以上、また二階に上がる気にはなれない。こうなれば無理矢理にでも開けて、さっさと用を済ませてしまおう。

 そう思い、晃佑はドアノブを握ったまま、個室の扉を全体重を掛けて引っ張った。



 カチャリ。



 何かの金属音が響き、ドアは勢いよく外側に開いた。ガタンと扉のぶつかる音も響いたが、そんなの気にしていられない。

 膝をつき、便器に頭を近づけて、胃の中を暴れまわるこのアルコールという毒を思い切り吐き出してしまおうと、蓋を開けてまさに吐き出そうとした瞬間。


「やぁ、こんばんは」


 便器の中から白い右手と小首を傾げた頭がひょっこりと顔を出していた。


「?!」


 驚愕したが、勢いづいたものはもう戻せない。

 酷い嘔吐音と臭いを伴わせ、晃佑は便器から出てきた謎の頭部にそのまま嘔吐物を吐き掛けていた。



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