第2-2話 こんな宴会アリですか?
夜になって、予定通り歓迎会は行われた。
開始時間五分前に屋上へ向かうと、既に何人かの住人が集まっており、全さんの指示で住人達がキャンプ用のテーブルをセットしたり、コンロに炭をおこしたり、忙しそうに動いていた。
「何か手伝いましょうか?」
ただぼうっと待っているのも嫌なので、全さんに手伝いを申し出ると、全さんはコンロから目を離すことなく口を開いた。
「今日は新規住人の歓迎会なんだから、神樹元君は主役の一人だよ。手伝いなんかいいから、座って待ってなよ」
「良かったらこっち座ってて。はい、飲み物」
既存住人らしい女性に椅子を勧められ、缶ジュースを渡される。
黙って座っていると夜風がそよぎ、晃佑の身体を撫でていった。日中は暖かかったが、もうすぐ四月とはいえ夜はまだ肌寒い。何か上に羽織るものを持って来るんだった。時間ギリギリになって現れた他のメンバーを見て、せめてパーカーぐらい着て来れば良かったと後悔した。
参加者は全部で十一人。男性七人、女性四人だった。そのうち今回新規入居してきたのは五人、全員学生のようだ。
参加者が全員集合し、飲み物が配られると、キャンプ用テーブルを囲んでまずは自己紹介が始まった。
「じゃあ部屋番号順で挨拶しようか。一階、101からどうぞ」
全さんの言葉で髪を短く刈り込んだ体格のいい男が手を挙げた。
「101に入居しました、
「お、仲間がいる!」
暁が目を輝かせて呟く。それを聞き留めて、日高さんが暁に視線を向けた。
「え、同じ大学?」
「そうそう。あと、そこのミキちゃんも同じ」
指で思い切り指されて皆の視線が一斉にこちらを向いた。人を指で指しちゃいけないって習わなかったのか、お前は。そしてその名を呼ぶのは止めてくれ。
「はいはい、私も同じだよー」
続いてポニーテールを結った女の子が手を挙げる。
なんだ、離れてる割には同じ大学率が高いじゃないか。何でだ?
「何気にここ、W大のキャンパスまで出やすいんだよな。乗り換え一本で三十分圏内だし」
「それに、一度は住んでみたい街上位だしねー」
晃佑の疑問に答えるように日高さんが理由を述べる。更にポニーテールの女の子も楽しそうに弾んだ声で理由を告げた。
地方出身の自分にはわからないが、意外と利便性が良い街に知らずに住む事にしたようだ。
偶然にしてはラッキーだったな。
「今回の新規入居者は全員大学生なのねー。若いっていいなー」
ほう、と小さく溜息をついてセミロングの女性が呟いた。
「あ、騒がしくしてすみません」
「いいのよ、いつもこうだから。さて、
柔らかい微笑みを浮かべ、女性は接いで言葉を重ねる。
「103に住んでます
軽く会釈をする高橋さんに晃佑も釣られて会釈する。あの人がどうやらお隣さんのようだ。礼儀は必要だろう。
「次は俺ですね。104に入居しました神樹元晃佑です。最初に挨拶した日高さんとはどうやら同じ大学のようですね。皆さん宜しくお願いします」
小さな拍手と共によろしくなどの声が掛けられた。どうも昔からこういう自己紹介は苦手である。一度に済ませられる席が設けられて本当に助かった。
晃佑の挨拶で一階は終わりで、次は二階へと移る。垂らしたロングヘアーを耳にかけた、細身でエメラルドグリーンのパーカーを着た女性が飲み物の缶を軽くあげた。
「次は私ですか。先日201に入居しました
凛とした声に、誰もが聞き惚れた事だろう。かく言う晃佑自身がそうなのだから。
「この沿線沿いってーと、G大?」
「はい。音楽科なんです」
神原さんとその隣にいた男性との会話を聞いて成程、と思った。道理で聞きやすい声をしている。きっと歌も上手いんだろうな。そんな事が想像できた。
そうして挨拶は続く。神原さんの隣にいた男性は203の
そのまま三階の住人の挨拶が続いていく。
301は社会人二年目の男性、
本当に学生が多いな。シェアハウスってこんなもんなのだろうか。
「はい、次はいよいよ私ですね?」
最初に同じ大学だと名乗りをあげたポニーテールの女の子――差別しているのではないんだが、彼女は「女性」と表現するより「女の子」と表現するのが似合う人だ――が勢いよく手を挙げて挨拶を始める。
「何人か同じ大学の人が出てますが今年W大に入学の一年、
小さく会釈し、彼女、都河さんは皆に笑顔を向けた。女の子らしい溌剌(はつらつ)とした表情は見ている者全員に好印象を与えただろう。
その次も元気よく己の手を挙げ、口を開いていく。晃佑はその様子を半眼で眺めていた。コイツのことだ、何を言い出すかわからないので薄目で流していないとやってられるか。
「真打登場、ということで。オレは305に入居しました虹上暁です。えっと、隠していても無駄なんで最初に言っときますが、ここのシェアハウスは親の持ち物なんで、苦情、改善点、その他あれば是非、オレにお伝えください。親に突きつけときますんでー」
よろしくー、と笑って頭を下げる暁に、周りは驚愕の表情を浮かべた。それでも全さんだけは知っていたようで、驚いた顔をしていなかった。
「え、マジで?」
「…ホントなの?」
「ほんと、ホント。嘘じゃないんで要望があれば言ってくださいよー。ここを直したいとかいくらでも受け付けます」
次々周りが暁に話しかけていく。自己紹介の一番最後にこんな大きな爆弾が待っていれば、そりゃ皆の反応も大きいだろうさ。
暁の周囲がより一層賑やかになってきたところで、黙って見ていた全さんが両手を打ち鳴らして騒ぎを収める。
「さ、暁くんに食いつくのはそこまでにして。とりあえず、先に乾杯にしようか。食べ物も待ってるしな」
「はーい」
それぞれが渡された飲み物を再び手にし、全さんの次の言葉を待った。
流石はまとめ役、流れを読んでいる。
「では、新規住人が増えた事を祝って…乾杯」
「乾杯!」
ガコン、と鈍い缶の音がそこかしこから響く。締まらないが、バーベキューにガラスのコップを使う方が違和感があった。
乾杯の音頭が一段落すると、皆、それぞれ自由に飲み、食べ、位置を移動して別の人と話し込んだり…と賑やかな歓迎会が始まった。
全さんはひたすらコンロの前で料理を焼いたり、火の調節をしたり、と急がしそうだ。暁は先程の爆弾発言がまだ尾を引いていて、数人に詰め寄られている。
そして晃佑は特に自分から誰かに話しかけるでもなく、渡された飲み物を飲み、コンロから肉や野菜を取り上げて食べる。そんな地味な行動を繰り返していた。
元々、大人数で騒ぐのには慣れていない。人付き合いが悪いとまでは言わないが積極に動く性分でもない。その為、黙々と食べたり飲んだりしかする事が出来なかったのである。
そんな晃佑と同様に、静かに飲食している人物がもう一人いた。テーブルの反対側の位置にいた神原さんだ。彼女は確か201号室と言っていたか。
ふと目が合って、お互い軽く笑って会釈をした。柔らかな微笑みが似合う人である。こういう出会いもありかと考えていたところへ、先程渦中の人となった暁が晃佑の元へと割り込んできた。
「ミキちゃん、飲んでるか?」
「飲んでるよ、ウーロン茶。つか、その呼び方止めろって前から言ってるだろが」
「そうだっけ? 知らないなぁ」
暁はとぼけた様子で大笑いしながら、晃佑の肩に腕を回してくる。酒臭い、ということはコイツ、飲んでやがるな。
その酔っ払いは晃佑の言葉を無視して、自分の会話を続けてくる。
「飲んでないとか、いかんなー。いかんよ、ミキちゃん。ここは大学生になった事だし、いっちょ羽目でも外して見せろ」
「んな挑発、誰がのるか。第一、未成年の飲酒は禁止されてるだろ」
深々と溜息をついて、手で追い払うような仕草を見せる。それでも暁は食い下がらない。
「今時、そんな事守ってる大学生っているのか?」
「そうだよ。飲め飲め。それとも先輩の酒が飲めないってのかい?」
一条さんは既にアルコールが回って酔っているらしく、強い口調で晃佑に缶ビールを押し付けてきた。それに便乗して社会人の佐藤さんも面白そうにカクテルの缶を押し付けてきた。
それよりも押し付けてくる酒がカクテルって。貴方、女子ですかい。
「ちょ、駄目ですって」
何とか回避しようとするが、酔っ払い二人と根っからのバカ一人という魔のトライアングルが出来上がってしまい、そこから抜けられない。更に困った事に、他の人もこの有様を面白がって見ているようで、手助けなんか一切無い。
どんな無法地帯だ、ここは。
どんな手で切り抜けようかと思いを巡らせていたところ、暁が何かを思いついたように目を見開いて笑いだした。
「あっ、なーる……」
意地の悪そうな表情でこちらを見つめ、口角を吊り上げる。
暁の表情に、晃佑は嫌な予感がした。
「晃佑、お前。酒飲めないから逃げ回ってるんだろ。そーだろ、そうに違いない」
普段と違う口調で「だっせぇ」とせせら笑う暁の様子に腹が立つ。
こういう時だけ普通に名前で呼ぶとか。本当に悪質な酔っ払い以外の何者でもない。
「――は?」
「飲めないなら飲めないって言えよー」
一条さんも背中をバンバン叩きながら笑ってくる。それが妙に鼻についた。
「…飲めないだなんて誰も言ってないだろ」
「ほー、じゃあ飲めるんだ?」
新たに加わった遠藤さんが晃佑の顔を覗き込むようにして問いかけてくる。馬鹿にしてんですか、あんたら。飲めないだなんて言ってないだろうが。ただ、飲まないだけで。
「飲めますよ」
言い切ってみせると、四人の表情が楽しそうなものに変わる。
「本当かよ」
「勿論」
吐き捨てて、晃佑は一条さんの押し付けてきた缶ビールを手に取った。
普段から変な難癖つけられたり馬鹿にされたりするのは癇(かん)に障るが、質(たち)の悪い酔っ払いに馬鹿にされるのは更に晃佑を苛立たせた。
こいつらの
「これぐらい、どうってことない」
缶をあけて口につけると、中身を飲み干す勢いで一気に呷る。
おー、と遠くから歓声が沸きあがったのを耳にしたが、それをどこか他人事のように聞いていた。
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