第2-1話 偶然の出会い?
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簡易照明のみが灯る仄暗い廊下を、晃佑は重い足取りで進んでいた。時々身体が傾ぐのは、重力に沿って真っ直ぐ立っていることが出来ないからである。
それぐらい今は気持ちが悪かった。
頭が痛い。吐きたい。胃がムカムカする。
こうなる事が予見出来ていたならば、絶対に勧められてもここまで飲むことは無かったのに。
今更な事を思いながら、ただひたすら廊下を歩く。
そんなに具合が悪いのに何故、自分が歩いているのか。理由は簡単。今、自分はトイレに向かっているからだ。
こうなった原因は数時間前にある。
内覧日に即決で入居を決めた晃佑は、晴れてここ「シェアハウス・イーリス」に一週間で引越しを済ませた。晃佑が入居して丁度、全十八部屋は埋まったらしい。ここは単身者のみのシェアハウスなので自分以外に十七人の人が暮らしているという事になる。
管理人などはいない。月一で業者清掃が入る以外は、食事も掃除も洗濯も全て自分達でする。そこが下宿とシェアハウスの違いだろう。月一以外の掃除は場所を分担し、当番制で行っていると、このシェアハウスで一番年上のまとめ役らしい既存住人、
「君が今日引越しの新人君?」
「はい、神樹元と言います」
「俺はここで一番古株の相沢全。呼ぶ時は気楽に名前で読んでいいよ」
「はい、わかりました」
「わかんない事とかあったらさ、いつでも相談にのるから」
「…ありがとうございます」
入居するにあたり、家族以外の他人と暮らしたことのない晃佑は、住人との対応にかなり緊張していた。しかし、初対面から笑顔で話しかけてくる全さんの様子に、その緊張はすぐに解れ、二、三度会話を交わしているうちに名前で呼べる程度にまで打ち解けてしまった。全さんは頼れる兄貴分と言った感じがする。晃佑が一人っ子だから余計にそう思うのかもしれない。
結局、初日は荷物の片付けだけで一日が終わり、全さん以外の他の住人に挨拶する事はなかった。途中、食事を買いにコンビニへ出掛けた際も誰とも顔を合わせる事はなく、他に人が入居しているとは思えないぐらい静かなのが拍子抜けしたぐらいだ。
ところが、思いがけないところで、住人との初顔合わせの機会はすぐにやってくる。
入居を済ませた翌朝、晃佑はドアをノックする音で目が覚めた。返事をして扉を開けると、そこにいたのは昨日挨拶したばかりの全さん。
「おはよう、神樹元くん。よく眠れたかな?」
「普通です」
「へぇ。最初は皆、落ち着かないみたいなんだけど、疲れてたかい?」
「そうですね、昨日片付けに一日かかってますから。移動もあって結構疲れてたみたいです。早い時間から寝ちゃってたみたいなんで」
淡々と答える晃佑に、全さんは楽しそうに笑う。
「ははっ、音が気になって眠れないって人もいるぐらいだから、神樹元くんは結構早く慣れそうだな」
大きく口を開けて笑う全さんに、晃佑はそんな事を聞くためだけに訪れたのかと、疑問に思った。
「それで全さんの用件ってなんですか? こんな事聞くためにわざわざ来たわけじゃないでしょうに」
用件を促す晃佑の様子に、全さんは思い出したように笑ってこちらを見てきた。
「そうそう、忘れるところだった。今日の夜、新規住人の歓迎会を開くから、新人は全員強制参加ね」
「は?」
言われた言葉に思わず、疑問の声を上げてしまった。
「強制参加って、今日ですか?」
「そう、君も含めて新規住人は五人いるからね。早めに挨拶しておく方が後々困らないだろう?」
「まぁ、そうですね」
言ってる事はもっともなので、一応頷いておいた。こういう場で一度に挨拶しておくと個別に回らなくて済むという利点もある。
「わかりました、参加します」
「そう言ってもらえて良かったよ。詳細はエントランスの掲示板に書いといたから、見ておいてくれ。とりあえず先に出欠確認しとかないと食料の調達も出来ないからさ」
ここでもまとめ役としての本領を発揮しているようだ。率先してこういう事を素でやれるところがすごいと思った。
詳細は掲示板に、と言われたので、晃佑は身支度を済ませると近所のコンビニへ行くついでにその掲示板を確認する事にした。歓迎会の話を起き抜けにされたので、朝食もまだなのだ。
行きはエントランスの黒板を確認せずに素通りし、食料を調達してから帰り際に確認すればいいだろう。
コンビニでサンドイッチとペットボトルのお茶を購入してから、家へと戻る。
玄関を入ったところで、エントランスに一人、茶髪の男の姿があるのに気づいた。身長は晃佑より少し低いくらいだろうか。自分同様、掲示板を確認しに来ているらしい。
様子を少し眺めていたが、その姿が見知ったものだと気付いて酷く驚いた。
しばらくして相手も玄関に立っているのが晃佑だと気づいたらしい。にこやかに微笑みながら軽く手を振ってきた。
「あ、ミキちゃんじゃん~、久しぶり~!」
癖のあるその言い方も、充分に覚えがある。
「……何で、お前がここにいるんだ?」
眉をひそめて、晃佑を別の名で呼んだ相手を見つめた。そもそも、そのあだ名は特に好きでもないので、その名で呼ばないで欲しい。
「あれ、知らなかったのか。ココ、俺ンちの建物」
ニヤリ、と口の端を吊り上げる相手に一瞬、頭が真っ白になる。
「ここ、
「そーそー。あ、それからミキちゃんと大学も一緒だよ。学部は違うけど。いやぁ、中学以来だなー、一緒の学校に通うなんて。これからヨロシクぅ!」
「ちょ、マジか……」
――そうだった、こいつ、お坊ちゃんだった。
聞けばこの腐れ縁ともいえる幼馴染、
「…また、変な事に付き合わされる羽目になるのか……」
心の底から深い溜息が出る。
昔からそうなのだ。
この虹上暁という男は何より面白い事を優先する。いつだったか忘れたが、面白さ優先で深夜の学校徘徊や心霊スポット巡りまで付き合わされた過去があった。それで大変な目にあったことも数知れない。
「暁、くれぐれも、変な行動起こすなよ?」
付き合わされるのは御免だと吐き捨てたが、当の本人はどこ吹く風でケラケラと笑った。
「だいじょーぶ、大丈夫!」
その大丈夫、は絶対に信用しない。
ろくでもない結果しか生み出さない事を、過去の経験から知っていたのだから。
「ところで、掲示板見たか?」
「確認しようとしたところでお前に会ったんだよ、馬鹿」
「運命の出会いだな!」
嬉しそうに笑う暁に眉間の皺が深くなる。
「やめろ、気持ち悪い」
本気で言ったのだが、暁は冗談としか思っていないようで、軽く笑ったままだ。
「今日の歓迎会、午後七時に屋上だって。バーベキューだぜ、バーベキュー!」
へぇ、と短く呟きながら暁が指し示す掲示板を覗き込むと、今言ったような内容が記載されている。内覧時に見た、屋上に置かれたあのバーベキューコンロの出番が早速来たようだ。出欠するメンバーの名前も横には記載されていたが、あいにく暁以外に知った名前はなかった。
「肉いっぱい食えんの、うれしーよなぁ」
少し垂れ目がちの目を更に嬉しそうに下げてみせる暁に、こいつ本当にお坊ちゃんなんだろうか、と内心疑問に思ったのは内緒だ。
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