第1-2話 説得してみたものの・・・
実家を出ようと考えたのは、合格発表を迎えて少し経ってからの事。
大学の入学手続きに必要な物を揃えていた時、提出する書類を記入していて思いついたのだ。
一人で住むのは生まれて初めての事だが、実家から大学へ通うとなると、通学に普通電車で片道二時間という長い時間を取られてしまう。ちなみに途中まで新幹線を使うと時間は四十分短縮するが、都内で生活する家賃一ヶ月分の定期代を取られてしまう。
時間をとっても、金銭的な面をとっても、実家から通うのは厳しい。それを踏まえて、大学のある都内で一人暮らしをする事を、まずは母に相談してみた。
「…というわけで、都内で暮らす方が便利なんだけど」
「本当に大丈夫なの? 都会は危険がいっぱいって言うじゃない」
「でも、実家から通うのも一人暮らしするのも同じくらいお金かかるし、それだったら移動に時間が掛からない方が勉強も
メリットを話して聞かせるが、どうも母親は一人息子の晃佑が一人暮らしする事に対して、心配の方が大きいようだ。駄目とまでは言わないが、一つ提案すると倍の不安を返してくる。こうなれば父親を説得するべきか。父が仕事から帰ってくるのを待って、家族会議だ。
その夜、帰宅した父親を捕まえて、早速リビングで話し合う。
「父さん、わかってくれよ。大学に行くのにも、勉強するにもあっちで暮らした方が都合がいいんだよ」
「ははぁ…もう晃佑も大学生になるんだもんなぁ…」
感慨深そうに父は呟く。
そりゃあ、今まで一度も家を出た事がないし、こんな状況でもなければ出ようとも考えなかったかもしれない。これは晃佑にとっていい機会だった。
「…この先、就職したら自分の好きな事も出来なくなるかもしれない。だからこの四年間は俺の自由にさせて欲しいんだ。お願いします!」
真剣な目で父に
言える事は言った。後は、自分の言葉に両親が納得してくれるかだ。
「お父さん、晃ちゃんが出てくの、寂しくないの?」
実家から通わせる気でいた母は困惑したように父を見つめている。その表情はどことなく寂しそうだ。
「家族が家を出るのは寂しい事だけれど、晃佑もこうして大人になっていくんだ。それを俺たちが止める事は出来ないさ」
母同様、父も少し寂しそうにしていたが、自立を促す晃佑の提案に異存は無いらしい。緊張したその場の空気を
「晃佑の意見はわかった。お金の事は心配しなくていいから、自分の目で良く確かめて住む場所を決めなさい」
返事を聞いて、晃佑は力強く頷く。
頭ごなしに否定するような家族じゃなくて良かった、心底そう思った。
許可を得てからの彼の行動は早かった。まずは大学で優先的に行っている新入生の為の物件案内相談会に参加し、大学近辺で良さそうな物件を手当たり次第に探した。
しかし、自分がコレと思う目ぼしい物件は他の人も同様にいいと思うらしく、この時期には既に借り手がついている。相談会の掲示板で案内されている別の物件もいくつか見て回り、係員に相談してみたりもしたが、どうしても自分が探している物件とは何かが違うように思えた。
出遅れた感が否めない。かといって、ようやく両親を説得して得た一人暮らしの機会を諦める気にはなれなかった。
どうしたものかと途方に暮れていた時、相談会で相談に乗ってくれた係員が光明とも言える助言をくれたのだ。
「大学に近くて条件のいい物件はどうしても人気が集中するからねぇ…あ、君がもし近辺じゃなくてもいいと言うのなら、もう少し条件のいい物件はあると思うよ。探してみるかい?」
その助言はまさしく、目から鱗。天啓と言っても過言じゃなかった。
そうだ、別に大学の付近でなくてもいいじゃないか。第一、実家から比べたら大学から少し離れたところで大分近い。
考えを改めた晃佑は、すぐさま係員に礼を言うと相談会を後にした。
大学から少し離れていてもいいなら、大学側の案内を受けるより独自で探した方が早い。利便性と快適さを重視して新たに物件探しを始めた。
インターネットを立ち上げ、スタートページに設定している大型検索サイトの検索バーへ簡単なキーワードを複数打ち込むと、約五十一万五千件という大量の関連情報が検索結果画面に表示された。インターネットが普及したおかげでこうして簡単に大量の情報が手に入るようになったが、本当に欲しい情報を見つけ出すためにはここからまた絞り込んでいかなければならない。
マウスでスクロールしながら検索画面をつぶさに調べ、表示された不動産会社のホームページをいくつか閲覧していると、ある不動産会社のウェブサイトの説明が目に留まった。クリックしてそのサイトを確認する。
外観の洒落た、小綺麗なマンションのような物件がいくつか表示されているがマンションではないらしい。中には一軒家の募集もある。興味を引かれてその中の一つをクリックすると、詳しい内容を見てみる事にした。
説明書きによると、そこは一棟の建物まるまる使用するホテルのような作りで、中に十数の部屋があり、その一部屋を個人の部屋、共同スペースとしてキッチンやリビング、バスルームなどを利用しながら複数人で共同生活していく「コンセプトシェアハウス」というものらしい。コンセプトによって募集する住人も違うようで、晃佑が見つけたその物件はアウトドア好き向けのシェアハウスだった。
(へぇ…これは面白い)
にやりと口元を歪め、早速、不動産会社経由で管理会社に内覧予約の連絡を入れてみた。すぐに連絡は通り、滞りなく予約も取れた。
その内覧予定日が三月半ばの今日である。
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