16話 登山前の最終確認

 日はミーティングから流れ、初登山当日を迎えた。集合時間は荷物の最終確認をする必要がある為、七時前だ。その為家が遠い俺は五時前に起きる必要があった。


  電車に揺られながら俺はサブザックの蓋を開け中身を確認する。一、二年生は大きい方のカバン……メインザックは登山中は基本的に教員の車に乗せて置いて良い事になっている。これは体力の無い一、二年生のみに適用される特例処置だ。三年生以上にはサブザックと言う概念は存在しない。メインザックの中に全ての荷物を収納し、山を登るのだ。


  鬼登先輩が重い団体装備は一、二年生が持てと言っていたのはそう言う事だ。基本的に登山中に使わない荷物はメインザックにしまっている。調理鍋コッフェル、寝袋シュラフ、テント、バーナーなどはその類である。


  だが、食料などの高温で腐敗を促進される物は必ず持ち歩かなければならない。暑い車の中に放置された食料がどうなるかは想像するに易しいだろう。メインザックは俺の上半身よりも大きい事もあり、金曜日に学校に持って行って学校の部室に置かせて貰っている。


  今俺の手元にあるのは二重にしたゴミ袋、折りたたみ傘、タオル、水筒、ヘッドライト、方位磁石、マップケース、計画書、お金、新聞紙、食料、今日の弁当、行動食。これ位である。荷物を粗方確認し終わると俺はサブザックの口を縛り、バックルをしっかりと閉じ、自らの足元へと目をやった。


  登山靴……初めて履いた。電車の中だと歩く度にドシドシと音が成る程重量感があり、膝から下が不安定な感覚だ。登山靴の紐は足首の上の所まで続いている。しっかりと縛った紐は俺の足首の関節を固定していた。これが怪我から守ってくれるのだ。


 俺が大叔父さんから貰った登山靴は古い為か、留め具に返しが付いておらず、外れやすい。特に外れるのは結び目では無く、途中の留め具の部分なのでかなり思いっきり紐を引っ張って靴紐を結ぶ必要がある。登山靴を履く時は厚手の靴下を履き、膝を地面と直角にした状態で踵を合わせ、紐をしっかりと引っ張りながらクロスにして留め具にかける。


  この時、留め具の下から紐をかけるのでは無く上から通すのがワンポイントだ。重力と言うのは上からかかっている。その為留め具の下からかけるのと上からかけるのでは大きく外れやすさが変わるのだ。一番上の留め具まで紐を掛け直したら普通の靴と同じ様に結ぶのだが、ここでまたポイントがある。普通に蝶々結びをするよりも二重に巻いて結ぶ下駄結びの方が紐は解けにくくキツく締まる。下駄結びを行った後は、蝶々の輪っかの部分を二重にコブ結びして終わりだ。紐が解けない様に二重にするのは登山靴では結構当たり前だったりする。それだけ靴紐の結びは重要なのだ。


  最近はダイヤル式の登山靴も出ており、紐を結ぶ必要の無い物もあり便利だ。登山靴にも色々種類があり、レザータイプの物や、布タイプの物、雪山用にスリッドが付いている物まで様々である。大叔父に貰った靴はパテで靴底がくっ付けてある非常に古いレザータイプの物だ。最近はスプレー状の保革剤もあるので手入れはかなり楽である。昔は固形状の物をわざわざ塗っていたらしい。時代は進歩である。


  俺が電車の中で靴紐を結び直していると広島市内に入り、後者駅が近づいている事に俺は気が付いた。


「こんなに時間が経っていたのか」


  靴紐を結び直すのに夢中で気が付かなかった。登山靴の靴紐を結ぶ作業は慣れていないと中々すぐには出来ない。その為、俺は両足の靴紐を結ぶのにかなり時間を催してしまっていた。靴紐をすぐに結び直せない。それに加えて登山は隊列行動が基本。その事を考えるとより一層登山靴の靴紐の結び方がどれだけ重要か分かる。


  この知識は殆ど大叔父から聞いた物だが、登山を経験していなくても何となくその意図は分かる。何故大叔父がここまで詳しく教えてくれたのか。そんな物は一目瞭然である。


  俺の乗っている路線は広島市内から見て南東方面の路線だ。そっち方面の同級生はあまり居ない。広島市内在住か、反対方面から来ている人が多い。広島駅で電車を降りた俺は市内電車乗り場までサブザックを背負って歩く。


  市内の路面電車は六時過ぎからしか運行していない為、始発電車で行くと停まっていない事が多い。学校までは路面電車で四十分ほどかかる。その為、集合時間七時前と言うのは結構ギリギリの時間設定なのだ。広島市内在住の同級生達は今頃起きているに違い無い。正直少し羨ましい。


 




 路面電車を乗り継ぎ、学校に七時前に到着した俺は息を切らしながら部室の壁に手をついた。


「おはようございます」

「お、山川。おはよう。お前食料ちゃんと持って来てるんだろうな?おら、これ冷凍してる肉だ。タオルでも巻いてカバンにしまっとけ」

「勿論ですよ」


  時刻は六時五十分と言う事もあり、殆どの人が集合完了していた。俺を見つけた鬼登先輩は俺を視界に捉えるや否や、冷凍した肉を俺に手渡した。それを受け取った俺はタオルで巻いてサブザックに入れた。


「よし、じゃあ団体装備の確認をもう一回してからバスに積むぞ」


  周りでは高校生の先輩もおり、忙しく動いていた。その内八人だけカバンが統一されており、片方の四人グループの鞄には志道A隊と書かれた布が貼られ、もう片方のグループには志道B1隊と書かれた布が貼られていた。A?B1?何だ?よく分からんな。


  俺はそれを余所目に見ながら荷物をバスに積み、点呼確認を受けたのであった。


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 登山靴は売ってる場所で店員さんに聞いたら目的に合わせて靴合わせてくれたり、補足説明してくれるので結構気軽に買えます。値段は良い値段しますが、手入れの仕方もそこで教えて貰えるので登山靴買おうと思ってる方は悩まずにお店に行った方が楽です。

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