15話 点検とパン競争
二つ目のテントを立て終わった俺達は不備がないか確認を取る。今度は大丈夫そうだ。入り口のチャックもちゃんと閉まるし、布地の破れも無い。
「よし、じゃあ張り綱の確認するか、オレこっちの二本引っ張るからお前ら反対側一本ずつ引っ張れ」
「分かりました」
鬼登先輩はテントのフライに二対付いている紐の部分を指差した。この紐はテントをペグで固定した後にテントのフライ布をピンと張る為の物だ。これが無いとテントのフライは雨の重みで垂れてしまって水が侵入して来る事が有るそうだ。テントをしっかりと地面に固定する役割もあり、テントの入り口の布を張る為にも必要だ。
「テントから足1.5歩分位開けて張り綱を伸ばせ。それで入り口のチャックが閉まらなくなったらまたテント取り替えだ」
「またですか……」
少し面倒くさくなってきて嫌な表情をした俺達を見て鬼登先輩は呆れた表情を見せる。
「お前ら……水漏れしたテントとか入り口から水入ってくるテントで寝たいか?それでも良いなら整備不良のテントで行くぞ?」
「いえ、ちゃんとしたのが良いです」
「良し。それなら文句言うな」
「はい」
自分の足1.5歩分を測り取った俺と明道は鬼登先輩の合図に合わせて張り綱の留め具を引っ張って長さを調節する。
「良し。大丈夫だ。長さが長い分には留め具を動かせば問題無いんだが、長さが足りなかったり紐が切れそうだった場合には交換する必要がある。テントの底に穴が空いてないかチェックしてくれ。オレはウレタンマットを持ってくる」
「「了解しました」」
俺と明道はくまなくテントの底をチェックする。ガムテープで補強はされているものの根本的な穴は無い様だ。
「これ置いとくぞ。中にちゃんと隙間が出来ないかどうかチェックしておいてくれ。その間にオレはコッフェルの鍋と食器の数とかバーナーを確認しとくわ」
鬼登先輩は乱雑にウレタンマットをテントの入り口付近に投げる。ウレタンマットと言えば沢山種類があるが、ここで一般的に使うタイプのウレタンマットは表面に反射加工が施されたマットで、断熱材の様な物だ。
「これ、折り畳んでも結構デカいな……」
「確かに……」
ウレタンマットはテントの床を保護する為の断熱材と言う事もありかなり大きい。薄い種類の物もあるのだが、鬼登先輩が選んだのは分厚いタイプの物だった。そのウレタンマットの分厚さは一センチ程あり、押した時に若干の弾力がある。
それがテントの床……二メートル四方を全て覆うのだからかなり大きくなるのも無理は無いだろう。
ウレタンマットをテントの床に敷き詰めた俺達は額に浮かぶ汗を拭う。まだ五月とは言っても、テントに当たった太陽光はテントの中に熱を齎す。そして、その熱は抜ける事無く篭り続ける。暑いに決まっているだろう。特に今年は前年よりも暑く感じる。
「お、まだやってたのかー。食料買って来たから、先に仕分けしとくで」
俺と明道が少しテントで寛いでいると、倉尾先輩達が帰って来た。ああ、もうそんな時間か。気がつくと腕時計の針は一時間近く進んでいた。先輩から聞いた話によると高校生の先輩達は鞄からテントを取り出してペグを地面に打って、荷物をテントの中に収納するまで十分もかからないらしい。
テントを一回片付けて、テントを二回組み立てたとは言え、俺達はペグ打ちの作業をしていない。それにも関わらず俺達の所用時間は群を抜いて長かった。今度からはもう少し手際良くやらないといけないな。
組み立てたテントの本体に防水スプレーをかけてテントを分解し、袋に詰め、俺達は六班と書かれたガムテープを袋に貼る。防水スプレーをかけるのはテントのフライが古い為、浸水を防ぐ為だ。主に防水スプレーをかけるのはテントの底辺である。上からの水よりも下からの水の方が怖い。
過去にスプレーで落書きして落書きが雨によって浮き上がり、落書きしていない場所から水が浸水したと言うことがあった為、俺がスプレーで落書きしたならば俺は鬼登先輩に殺される。ガムテープはガムテープを貼る事によって俺達第六班がこのテントをキープしたという事を主張する意図がある。……とは言っても他は結構エスパース派が多くてダンロップ派は少ない為、競争になる事も無さそうだ。
テントなどを元の位置に戻した俺達は走って戻って来た倉尾先輩達が行なっている仕分けの部屋へと向かう。事前準備……結構しんどいな。俺はそう思った。
「こっち!こっち!」
仕分け部屋に行くと先輩達が大きなダンボールを机の上に置いてこちらに手を振っていた。
「ええと……米どれくらい食べる?」
「五人だから四合位が妥当だろ」
倉尾先輩と鬼登先輩が真面目な顔で討論を始めた。正直どれくらいの量が妥当なのかどうか俺は分からない。俺は身長が高い為か、同級生達と比べたら良く食べる。成長期の時などは朝ごはんに米三合食べていた位だ。恐らく四合では足りないだろう。
「もう少し欲しいです」
「お前マジか?食えなかったら殺すぞ?」
「……」
鬼登先輩の唐突の暴言に俺は押し黙る。え、俺そんなに言っちゃいけない事言った……?そんな様子を見てか、倉尾先輩は苦笑いを浮かべた。
「鬼登……。四・五合で良いんじゃないかな」
「まぁ、米残っても困るのは食料係のお前だから別に良いけどよ……」
「?」
鬼登先輩は笑って俺に黒いゴミ袋を二枚と食料が入ったビニール袋を俺に渡した。どうやら殺すぞっていうのは冗談だったみたいだ。と言うか本当だったら真面目に困る。
「これ、家で当日まで保管しといてな。食料係の宿命だ。調味料は余ったら家で使ってくれ。この食料家に忘れたらマジで殺すからな?」
「え、あ、はい」
鬼登先輩から渡された袋にはパン以外の調味料を含む食料が全て入っていた。これを家に忘れるという事は俺達の飯が米だけになる事を表している。それ故か今回の《殺す》と言う言葉は本気に感じられた。
俺と鬼登先輩がやり取りをしている間に倉尾先輩は肉をパックから出してフリーザーバックで二重に覆って班をマーカーで記入すると先生に提出した。生物など腐敗する可能性のあるものは教員が冷凍して当日まで保管する。そうやって鮮度を保っているのだ。
「おまっ!ネタのパン買うなって言っただろ!?」
「ああ、いつものノリで買っちゃいました。あと行動食買うの忘れました」
俺が倉尾先輩を見ていると唐突に後ろから大きな鬼登先輩の声が響いた。どうやら良芽先輩がネタのパンを買ってきたみたいだ。良芽先輩の手元には幼児向けのアニメのキャラクターがプリントされたおもちゃ同封のパンとシンプルなプレーンの蒸しパンが置いてあった。
「おい馬鹿買う時に一回確認の連絡しろよ。あと、潰れるパンもやめろって言っただろ……」
鬼登先輩は頭を抱えていた。そして、倉尾先輩が顔を背けていた。犯人倉尾先輩かよ!真面目な顔とは裏腹にお茶目な先輩だ。鬼登先輩曰く登山に持っていくパンはラン○パックの様なパンが一番潰れなくて日にちが経っても美味しいらしい。良芽先輩が買ってきたパンはラン○パックでさえ、攻めた味付けのパンを買って来ていた。
結局、その後じゃんけんをしてパンを選んだのだが、幼児向けのアニメキャラクターがプリントされているパンを鬼登先輩が取る事になり鬼登先輩は大きく溜息をついたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます