14話 事前準備

 週末大叔父と登山用具を買いに行ってから数日が経過し、俺は二回目のミーティングに来ていた。この日は伝達事項がどうのこうのと言うよりかは食べ物の買い出しと団体装備の確認が主な作業だ。


  各班に分かれた俺達は三年生の先輩に従って準備をするのだ。


「よし、買い出し誰が行く?って言っても団体装備纏めるのも教えとかないと行けんからな。良芽と倉尾。お前らチャリだろ?買い出し頼むわ。パンとかは外れ引かなかったら大体何でも良い」

「分かりました」


  鬼登先輩の指示を受けた倉尾先輩と良芽先輩は先生から支給された一万円札が入った封筒を大事に握りしめて学校の駐輪場へと向かった。


  細かな連絡はスマホがある為困らない。今の時代はメモ帳すら要らないのだ。便利なものである。一万円あるからと言って高級な肉を購入したりしてぴったり一万円使ったらダメだ。ただし、行動食の購入などは認められている。各班ごとに全体の団体装備であるフリーザーバッグや、ゴミ袋、キッチンペーパーの購入費用もそれに含まれている。


「よし、残った俺達だが、何するか教えてやるぜ。こっち来いよ」

「あ、はい」


  そそくさと自転車を漕いで近所のスーパーマーケットに向かった倉尾先輩達を見送った鬼登先輩は俺達を班室の方へと手招きした。


「さっさと良い装備取ってガムテ貼らないとゴミみたいな装備がこっちに回ってくるからな」


  鬼登先輩は他の班員が群がる班室の入り口を無理矢理こじ開けて強引に中に入った。


「……とは言ってもマジで不備が無い綺麗な装備は高校生の先輩達が殆ど牛耳ってるから俺達が取れるのはその残り物ではあるんだけどなおい、山川はそれ袋開封して中身確認して良さそうなの二つ取ってダンボール入れろ。明道はそこの後ろの紫のバックから重いブタンガス二つ取れ」

「装備に優劣なんか有るんですかね」


  鬼登先輩は物置の様な班室の棚の上の方から大きな袋を抱えながら、下段の箱に入っている小さな黒い袋を指差した。


「あるわ。曲がって刺さらねえペグや、チャックが閉まらないテント、ガス切れしたブタンガス……脚が折れたスタビライザーとか、ザラにあるぜ。……流石に俺達は五人班だからエスパースは無理だな」

「え、エスパース?」


 俺は聞きなれない単語に眉を顰めた。


「見れば分かる。やっぱりアイツらエスパースばっかり取ってやがるな」

「よし、お前らこれ一旦拡げて地面に並べとけ。後の道具は俺が取っとく」

「分かりました」


  鬼登先輩から渡されたのは、テントだ。大きさの割にはあまり重く無い。両手を使って抱え込むほどの大きさの布袋。それなのに重量はポールと言う中骨を合わせて三キロ位だ。


 俺と明道が荷物を抱えてクライミングボードの前に出ると他の班が次々とテントの設営を始めていた。鬼登先輩がエスパースと言っていた班のテントは二本のポールをテントの中に入れるタイプのテントのようで、完成した時は三角錐に近い形をしている。ただ一本のポールが棒高跳びの選手が使う棒か!って思うほど長く、持ちにくそうだ。


  鬼登先輩が居ないとテントの組み立て方も分からない。袋から出したテントのパーツは大きく分けて三つに分かれる。テント本体を形成する布地の部分と、雨が降った時に中が濡れないようにする為のフライと言われるシート部分、それに中骨の役割を果たすポールと言われる部分だ。


「おっ結構広いな」

「確かに」


 テントは四人用なのか下の布地を拡げるとかなり広い。二メートル×二メートル位あるのでは無いだろうか?いや、そこまであるかは微妙だ。ただ俺達は五人班なのだ。荷物も中に入れることを考えると思っているよりも狭いかも知れない。


「お、テントちゃんと拡げてるな?出来ればポール位は組み立てておいて欲しかったんだが……」


  片手に金属の鍋や大きな釘の様な物が複数とハンマーが入ったフリーザーバッグを抱えた鬼登先輩が俺達の元へと来て荷物を置くとカチャカチャと分解されたポールを組み立て始めた。


「あ、短いポールだけは最後に組みたて……」

「あ」


  俺と明道は鬼登先輩の真似をして、袋からポールを取り出して組み立てようとしてお互いに絡まったポールを引っ張り合って地面に落とす。


「おい。あんまり落とすなよ?これ結構脆いんだからな」

「すみません……」


  ポールはマカロニ様に真ん中に穴が空いた金属の棒だ。中には伸縮性のロープが入っており、関節部分を外して折り畳んで収納する事が出来る。俺達が今組み立てているテントはダンロップと言う種類らしく、ポールをテント本体に通すのでは無く、複数のポールでドーム状の型を作ってからそれに本体に付属しているクリップを引っ掛けて固定して本体を引き上げて中の空間を作るタイプのテントだ。


  とは言っても言葉では中々イメージには浮かばないだろう。ポールを組み立てる際は地面にポールを付けてしまうと傷が付いてしまう為、慎重に行う事が大切らしい。


「よし、ポール組み立てたか?ポールを組み立てたらテントの床に付いているポール用の穴に片側を挿し込め。差し込めたら対角線の所にあるポール用の穴にポールの反対側を挿し込んでくれ」

「わ、かりました」


  ポールはしなる金属で作られている為、片側を穴に差し込んで押し込めば曲線を描く。だが、それには多少の力が必要だ。俺はポールを差し込んだ片側を抑えて反対側に挿し込んだ。それを見た明道も俺と同じ様にポールを動かす。明道もキャンプ経験があるとは言っていたものの、手際は良く無い。


「おい、馬鹿。上を見てみろ。上下でクロスが二つ出来ないといけないんだぞ?挿すとこ間違えただろ?」


  鬼登先輩は頭を抑えた。


  俺が挿し込んだ位置は一つズレていた。四本のポールを差し込む場所がズレると留め具が噛み合わないのだ。四人用ダンロップの場合は上をアーチが二回上下で交差する必要があったのだ。


「よし、じゃあ次はクリップを下から順にはめてくれ。左右でクリップがあるが、反対側のポールに引っ張ってかけろよ。じゃないと固定出来ないからな」

「はい」


  クリップを付け終わった後はテントの真ん中に軸となるポールを通した。その際にポールを中に押し込むのだが、ポールを押し込むのでは無く、テントの布を引き寄せるのがポイントだ。ポールを押し込むとテントの布が破れる危険性がある上、引っ張った際にポールの関節が取れてしまう。


  最後にテントにフライを被せて、中とクリップで連結させてポールの足にフライのゴムを引っ掛けて終了……の予定だった。


「うわ、マジか。これチャック壊れてやがる。また別の立てるぞ」

「え?」


  俺は鬼登先輩の言葉に眉を顰めた。


「これ片付けてまた別の立てるって言ってるんだ。早くしないと奴ら帰ってくるぞ」

「マジですか?」

「マジだ」

「「……やるか……」」


  俺と明道は無言で虚空を見つめる。


  初めてのテント設営。地面と固定しない整備での設営ではあったが、覚える事が多く俺は大きく疲れた様に感じた。


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 本当はポールを地面に置くのも良くないんですけど。主人公達初めてなので許してあげて下さい><


 テントの種類について


 エスパースタイプ……割とメジャーなタイプ。小型な物が多い。二本のポールを使って組み立てられる為、初心者でも組み立てやすいテント。完成形は円錐に近い。

 ダンロップタイプ……複数のポールを組み合わせて組み立てるタイプのテント。完成形は半楕円形に近い。中が広いが、少し建てるのが面倒。初めてだと説明書を見ないとポールを組み間違えたりしやすい。


 その他


 ポール……テントの骨の部分。割と折れやすいので取り扱い注意。大体のテントにはポールの修理具が付属している。


 テントフライ……雨を防ぐ為の上布。質が悪いと普通に浸水しますので防水スプレーを更にかける事を推奨します。


 ウレタンマット……テントの床は硬いのでクッション兼断熱材です。あと上からよりも床下浸水に注意。防水性能であれば登山用品店などで売っているテント用グラウンドシートがかなり防水性能は高いです。(ただし値段も高い)


 コッフェル……調理鍋。鍋の中に鍋が収納できる様になっており、スペースをあまり取らない。


 スタビライザー……ブタンガスが不安定な地形で転げない様にする支え。防風板とセットで使いましょう。忘れたら温かい飯が消し飛びます。


 シュラフ……寝袋


 ブタンガス……小型の携帯燃料の様なもの。中にガスが入っている。バーナーを装着して火を付ける事で火が付く。


 修理具や救命用具等……この回ではこういう類の装備品は高校生達が持って行ってる設定です。テントや雨具の修理具には合成樹脂を塗って雨漏りを防ぐシームシーラーと言われるものもあります。防水スプレーの他にこれも併用すると良いでしょう。

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