13話 大叔父と登山用具
週末。俺は大叔父と買い物に来ていた。メガネは後回しである。最近メガネを直すのに一日もかからない。そう知った為、メガネは後回しにしたのだ。俺も完全に目が見えないだけでは無い。両目の視力は零・七とそこまで悪い訳では無く、遠くがボヤけて見える。その程度である。
大叔父の道案内通りに父は車を走らせ、俺達は市内の登山用品店に来ていた。普段通学の時に良く通ってはいるものの、ゆっくり見てみるとかなり大きなビルの専門店やデパートが並んでいる。広島は東京や大阪などに比べると都会では無いのだろうが、俺からしてみたら十分に都会だった。俺の住んでいる街は昔は海軍が常駐していた街だった。造船業が盛んで、現在も船を作っている。だが、最寄りの駅には良く電車が止まるものの、一車線しか無い為雨などで遅延する事も多かった。
「
そのお店は地下にあった。様々な山の商品やキャンプ用品を専門に取り扱っているお店だ。俺はてっきり通りに面しているtont―dell《トンデル》に行くのかと思っていたが違うようだ。
「ああ。小物を買うならこっちの方が多分安いだろう」
大叔父は店内を物色しながらボソボソと呟いた。七十歳とは思えない程大叔父の背筋はしゃんとしており、身体は引き締まっている。やはり、あの歳で毎日の様に登山をするのは大変なのだろう。そう感じさせた。広島市では無いものの、市の登山会の会長をやっているだけの事はある。
俺は一先ず登山に何の道具が必要なのか分からない為、大叔父に一任する事にした。何だかんだで一人っ子で周囲の人から沢山貰っていたし、お金は小学生の時特に使う事も無かった為、かなり貯まっている。ジャグリングの方で数万円散財してしまったが、問題の無いレベルだ。
シャツやスポーツウェアとかは一般的に運動用に使われている物と見た感じあまり変わらない。そんな印象だ。
「今度の合宿に必要な物を見せて」
「あ、はい。分かりました」
俺は家庭用と自分用に二つ渡された計画書を取り出して大叔父に見せる。そこに書いてある個人装備リストを見た大叔父は俺に手招きして商品がある場所まで歩く。
「値段の高い物はワシの古いのがあるからそれをやろう。靴とかは身体が成長した時に合わなくなったらいけないからまだ買わなくても大丈夫じゃろう」
そう言って大叔父は笑いながらヘッドライトのコーナーに足を運んだ。
「ヘッドライトは明るさが二百ルーメン程ある物が良いな。後は、電池の数と重さ、持続時間だ」
ルーメンとは明るさの指数であり、百ルーメン位が普通の懐中電灯の明るさだと思えば分かりやすい。俺は正直ヘッドライトの重さなど高が知れているのであまり気にする必要は無いのでは無いか?そう思った。だが、大叔父曰く、登山では少しの重さでもかなり快適さが変わるらしい。
大叔父が選んだのは単三電池三本で使えるタイプのヘッドライトだった。値段はかなり良い値段だ。ゲームのカセットが買える。
「この水筒とか、サイドポーチは……今は必要無いかな?」
次に大叔父が指差したのは折りたたみが可能な水筒や、腰に取り付けるタイプのサイドポーチだった。この折りたたみ水筒はプラティパスと言って、水を飲みきると軽くなり、場所も取らない優れものだ。それに加えて、ゴムチューブの様な物で中の水を飲む為、登山の際に鞄を開かずに歩きながら水分が補給出来る。確かにあったら便利だとは思うが値段も高い為、今は必要無いだろう。
その他良日山荘では様々な小物を揃えた。方位磁針や、紙の地図が持ち歩いている時に手汗などで濡れない様に保護するマップケース、登山用の分厚い靴下などである。
その後俺と大叔父はtont―dellに寄って大きめの登山用具を買い揃えた。
何重にも重なっていて収納しやすく軽い金属製の食器や、登山用の鞄、シュラフなどである。快適さを求めてシュラフカバーや、シュラフカバーの下に入れるエアークッションも買った。
ナイフは先輩からサバイバルナイフの様な大きな物よりも小さいナイフの方が良いと言われていたのでとある外国製のメーカーの十徳ナイフを購入した。帽子も普段被るようなキャップでは無く、太陽光で首が焼けない様につばが広くなっている物を選び、それに付随して帽子が風で飛ばない様に固定するキャップキーパーも購入した。
「こんな物かね?大きい物はワシの家にあるから今から来なさい」
「分かりました」
大きな物品を買わなくて済んだお陰で俺の出費は数万円で済んだ。
大叔父の家に着くと大叔父は大きな鞄を担ぎ、俺の目の前に置いた。
「これあげる」
「え、良いんですか?」
「もうワシも歳じゃ。高い山はあまり登らないじゃろう」
そう言いながらも先日大叔父は標高三千メートル近い剣山を部隊長として登って来たばかりだ。大叔父には歳という概念は無い。大叔父が取り出したのは百リットルの鞄だった。メーカーは化石の様なマークが描かれている。今日tont―dellでは見なかったメーカーだ。
大体登山用の鞄で良く見るメーカーは四種類位だ。それぞれのメーカーで特徴があるらしい。大叔父が取り出した鞄はどのメーカーにも属していなかった。
黒を基調として青いラインが入っている鞄だが、腕を通す部分などには縫い合わせた跡もあり、シャツの色が色移りしている。かなり年季が入っている品だった。
「ちょっと背負ってみなさい」
中に入っている物を取り出した大叔父は鞄を俺に手渡した。
「っ!?」
鞄を持った瞬間俺は驚いた。重いのだ。中に何も入っていないにも関わらず俺の腕にはずっしりとした重さがのし掛かる。登山用の鞄は普通の鞄と違い、縦に長い箱の様な形をしている物が殆どだ。背中の部分には背骨を固定する為の板が入っている。この鞄の場合は中はアクリル板だが、今日購入した三十五リットルの鞄は金属の太い針金だった。
登山用の鞄の事を大叔父はザックと呼んでいる。寝袋をシュラフと言うのと同じ事だろう。シラフでは無い。
「重いじゃろう?それだけしっかり作ってあるから何十年使っても使い続けられるんだよ」
大叔父は銀歯を光らせた。
俺は登山用ザックの腰のバックルと胸のバックルを止めながら長さを調節して身体を軽く揺らす。デカイ……。俺の尻の下にザックの底の部分が当たり、ザックの頂点は俺の頭の位置の真後ろにあった。横幅も俺の胴体より太く、中に人が入りそうな大きさをしている。
「あとはこの雨具と靴をあげよう」
大叔父が取り出した靴底にはパテが付いていた。かなり古い物である事は素人の俺でも分かった。靴はドイツ製で、百年程前の物らしい。指で靴の表面を軽く叩く。それに対して返ってくる反応は硬質な物だ。表面はザラザラとしており、軽く押しただけでは凹まない。
百年経っても使えている。その事実は登山用具の頑丈さを大きく表していた。その靴は片足で一キロ程あり、かなり重い。今はこれ程の重さの靴は無い。そう大叔父は言った。だが、この重さを利用して足を振り子の様にして歩くと楽らしい。それをやった事の無い俺にとってはただそれがしんどいだけに感じられたのであった。
雨具も特殊な加工が施されており、外側からの雨は通しても内側から発生する蒸気などは逃すと言う便利な物だ。その加工をゴアテックス加工と言うらしい。市場で買うとこれも二万円程する非常に高価な物だ。
「今日はありがとうございました」
「いやいや、山川君が登山に興味を持ってくれて嬉しいよ」
俺は大叔父から貰った荷物を抱えて自分の両親の車に乗せて頭を下げた。若者の自然離れ。それが加速した今大叔父の親戚では山を愛する人間は少なくなっていた。それもあって大叔父は嬉しかったのだ。だが、俺は山が好きな訳では無い。
それが俺の大叔父に対する心残りだった。
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今回金属製の食器を買った事と前出てきたコッフェルの意味を分かっていない主人公で察して下さい。
大叔父は個人装備表+αで必要そうな物を選んでくれた設定です。
寝袋類は羽毛などが低山でも高山でも使えるので値段は張りますが良いです。防寒着はナイロン生地よりも綿、羽毛などのフリース素材を選ぶとかなり暖かいです。正直ナイロン生地は寒いです。
食器類……軽いものが良いです。
ゴアテックス加工……特殊な加工で、内側からの湿気は出してくれるが、外側からの雨水を防ぐ。カッパを着ていても蒸れたりしない優れ物。ただし、値段が高い。
ヘッドライト……明るさはかなり眩しいと思うくらいの物で尚且つ、稼働時間が長いものがおススメです。
登山用鞄……普通のリュックサックと比べて姿勢が固定され、重量が色んな部位に分散される上頑丈なので、高くても買った方が良いと思います。
プラティパス……折り畳み水筒。水が無くなると軽くて小さくなる優れ物。チューブを付ければ歩きながら水が飲める。
靴下……靴擦れを防ぐ為にも凍傷を防ぐ為にも分厚い靴下は必要です。
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