8話 サッカー

 主はサッカーにあまり詳しく無いです。このサッカーもルールはあってないようなサッカーなので、気にしないで下さい。決して作家だけにサッカーって事では無いです。


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 サッカーが始まった。最初の部活と言うか事もあって先輩達も本気を出す事は無い。俺はそう思っていた。


「茂木君!」

「え?」


  佐救間先輩はゴールから茂木に向かってボールを飛ばした。佐救間先輩は高い身長を活かしてゴールキーパーをしていた。最初に行ったコミカルな動きから運動神経が悪いのかと思っていたが、それは俺の勘違いだった。佐救間先輩は俊敏な動きで飛んでくるボールを的確に捉えて俺達一年生に出来るだけボールを渡してくれる。


  佐救間先輩からボールを貰って相手陣地のゴールに向かって走る茂木だったが、そう上手くは行かない。茂木の正面からは笑いながら走ってくる材木と横で材木をフォローしようとしている名前も知らない先輩がいた。


「茂木君こっち!」

「はーい!」


  グラウンドのアウトラインを颯爽と駆ける一人の先輩の元気の良い声が辺りに響き、茂木はそっちにパスを出した。


「しまった!?はやてに回すのは不味い!」


  相手チームの材木に付いていた先輩が呟き、颯先輩の方を見る。颯先輩は細身の体と天然パーマが特徴の先輩だ。脚がめちゃくちゃ速い。颯先輩は駆けた。走るや否や、すぐに一人二人と相手チームの人を追い抜いた。その先に待ち構えていたのは明道であった。


「あっ!」

「ごめんな!」


  明道は颯先輩の華麗なフェイントに翻弄され、数秒も保たなかった。颯先輩の前に他の先輩が回り込んで複数人で相手取るが、全く相手にならない。颯先輩は別格にサッカーが上手かった。


「颯!個人プレーやめろよ!後で後輩達に何かヘブンで奢ってやれよ」

「マジですまん!だが、財布の紐は解かんわ!」


  颯先輩の同級生はニヤケながら颯先輩を弄る。ヘブンと言うのは近くにあるコンビニの名前でヘブンイレブンの略である。まるで地獄の様な名前だ。それに対して颯先輩は笑いながら右足をサッカーボール目掛けて振り抜いた。


鬼登きど!」


  相手ゴールへと一直線。綺麗な放物線を描いたサッカーボール。それはゴール前にいた一人の人物に止められた。鬼登先輩。そう呼ばれた人物。大柄ながっしりとした肉体に獲物を捕らえる様な鋭い眼。俺はその先輩に睨まれただけで身体が竦みそうだった。脹脛の筋肉が大きく発達しており、手の皮膚は厚い。恐らくクライミングもやっているのだろう。そんなイメージだ。


「山猫!」

「アザっす」


  おい。山猫!お前良く初見で鬼登先輩にその喋り出来るな!鬼登先輩からグラウンドの真ん中付近まで投げられたボールを胸でキャッチした山猫はちょこちょこと短い脚で俺の方へと走って来た。そのボール俺がぶんどってやる。伊達に昔サッカーやってた訳じゃ無いんだ。


  俺は山猫に向かって走った。息が上がる。体力が無い。長く、筋肉の付いていない脚が縺れそうになり、ふらふらになりながら俺は全力でボール目掛けて走った。山猫は誰にもパスを出さない。それもそうだ。お互いのチームメンバーを把握していないのだから。


  ゼッケンも着用せずに大人数で行うサッカー。それも、周りは同級生以外今日知り合ったばかりの他人。体操服は一年生以外バラバラ。そんな状況で的確に敵味方を認識できる方が間違いだろう。実際に俺も同級生と颯先輩、左救間先輩位しか味方を把握していない。


「あっ!」


  俺は転んだ。ボールを蹴ろうとして。


「何やってんだお前。先行くぜ?」


  山猫は細い眼を更に細めた。思いっきり脚を振り抜いた事によってバランスが崩れたのだ。先日雨が降った関係で地面がぬかるんでいた影響も多少あっただろう。尻餅をついた俺の体操ズボンは大きく泥が付着し、汚れていた。こりゃ、家帰ったら怒られるな。




  結局サッカーは一時間程続き、辺りは薄暗くなり始めていた。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

「大丈夫?水いつでも飲みに行ってね」


  優しい。佐救間先輩は俺達に優しく声をかけた。先輩達が大人気無く割と本気でサッカーをした関係で試合は零対零と白熱していた。


「良し、みんな水ちゃんと飲んどけよ!ラスト一点!全力で走れ!」

「「いぇぇえあ!!!」」

「「???」」


  国背先輩が叫ぶのと同時にゴールキーパーも含めた先輩達全員が笑いながらボールに向かって全力疾走を始めた。狂気である。俺達一年生は何が起こったのか分からず戸惑う。だが、そんな俺達の様子を見た先輩が手招きした。


「一年生。走るぞ!はい、ラスト一点!」


  先輩はめちゃくちゃ楽しそうだった。混戦となったサッカーボールの取り合い。そのボールの取り合いを制したのはやはり、颯先輩だった。


  ボールを颯先輩が取ってからは早かった。


「鬼登!戻れ!」

「無理だ!間に合わない!」


  ボールを持って一人独走する颯先輩。それに追いつける人はここには存在しない。ゴールから離れていた鬼登先輩が走って戻るが間に合わない。颯先輩が蹴り上げたサッカーボールは宙を舞い、ゴールネットに到達した。


「試合終了!帰るぞ!しっかり水飲めよ!」


  試合は俺達のチームが勝った。だが、俺は息を切らしながら、水飲み場まで歩く。先輩達は水を飲まなかった。いや、違う。俺達が水を飲むのを待っているのだ。運動部と言えば先輩達が先に水とかを飲むイメージがあったが、ここは違うみたいだ。同じ公園に居合わせたサッカー部の一年生はまだ腕立て伏せやランニングなどサッカーとは程遠い練習を積み、サッカーを初日からしている俺達を恨めしそうに見ていた。


  いや、こっち見られても知らないから……。まず、ワンゲル部で初日にサッカーするとか誰も思わないから……。それに俺達はほぼ遊びみたいな練習をしているのに対し、向こうは監督の指示で基礎トレーニングを積んでいるのだ。十八時を過ぎた今でも向こうは帰らせて貰えない。そんな状況だった。本当にすまんな。やっぱりワンゲル部入って正解だったわ。


  水をしっかりと補給した俺はゆっくりと談笑しながら部室まで戻って解散した。最初入部する時に先生が言っていた通り、先生は来なかった。


  普段動かない俺にとって全力で取り組んだサッカーはかなり息も切れたし、しんどかった。だが、それでも楽しかったのだ。何よりも先輩が優しいし、何か特別な練習指示がある訳でも無い。こんな楽な事があるのだろうか?いや、無いだろう。この部活なら運動が苦手な俺でも続けられそうだ。


  俺は汚れた体操着を袋にしまって帰路に着いた。

 



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