1章 一年編 登山とは?
5話 入部
志道学園に入学してから一ヶ月が経過し、俺も大分志道学園での生活に慣れて来ていた。結局、五月になった現在でも入る部活はぼんやりとしか決めていない。俺の頭に浮かんでいる部活って言うのは二つくらいだろうか。
強いて言うならば主に依頼などを受けて大道芸パフォーマンスなどを行うジャグリング部だろうか?ただしくは部では無く、同好会である。正式に部として認められていない為ジャグリング同好会は大会に出る際にもお金は学校から出ないし、部室も無い。
俺が何故この部活に入ろうとしたのかと言うと時は文化部のデモンストレーションの時に遡る。特にめぼしい部活が無く俺が最初興味を持っていた生物部は思った物とは違い少し落ち込んだ。もう少し自然を感じられたりするのかと思えば主なのは生物の飼育で、それは俺が求めているものとは違った。
まず、パンフレットを見た時に思ったのは時間を縛られないという点だった。ジャグリング同好会はあくまで同好会なので参加は自由だ。その為、来なくてはいけない日にちとかは特に無い。特に目立った特技を持っている訳でも無い俺的には何か自慢できる特技が欲しかった。
最初はマジックみたいなのを教えて貰うのかと思っていたのだが、本当に路上パフォーマンスみたいな感じで複数の球を自由自在に操るボールや半円状のカップの様なものを二つ組み合わせ、派手な演技を行う中国駒のディアボロ。
二つのスティックで木の棒を自由自在にまるで磁石で操っている様に見せるデビルスティックなど道具は様々だ。
最初はこれを見ても部に入るつもりは無く、近藤も興味を持っていなかった。
だが、体験の時にやらせて貰った際に俺は楽しくて仕方がなかった。最初は文句を言っていた近藤もいつまでも道具を触って帰らない俺に渋々従い道具を手に持つとどっぷりと魅力にハマっていった。
ジャグリング部は南棟と北棟との間にある中庭での活動を主にしている。渡り廊下と学校の全面ガラス張りの食堂との間に挟まれ、通路を挟んで赤煉瓦の階段で一段下がった場所に位置する緑豊かな中庭の中心には円状のベンチがあり、昼にはジャグリングを見ながら弁当を食べる生徒の姿が確認出来る。
ベンチの中心にはレトロチックな時計塔がありそれも良い感じの雰囲気を醸し出していた。カップルなどが食事をするのには最高な場所である事は間違いない。
だが、それは男子校である志道学園には全く縁の無い話ではあるのだがな。
そして、もう一つ俺には入りたい部活があった。志道学園には掛け持ちって言う制度がある。それはそれなりに忙しく無い部活であれば複数同時に加入出来ると言う制度だ。ジャグリングはいつでも出来る為、俺は入るだけ入って特技にしようと思っていた。
そこで気になったのはワンダーフォーゲル部だった。運動部のデモンストレーションは文化部の後にある為俺は脳内で想像と違ってガッカリしていた生物部の事を思い出しながら運動部を興味無さそうに物色していた。
元々運動部には入るつもりは無かった為、俺は特に興味も無くのんびりと部活を見ていたのだ。その中でもパンフレットの時点で目を付けたのはワンダーフォーゲル部だった。まず一番最初に目に飛び込んだのは休日がある事だった。
俺は入学式の日に近藤が言った通り、休日を拘束されるのは嫌だった。それもあって、運動部はほぼ選択肢から除外していた。その時に目に入ったのが数ある運動部の中でも土日が制限されないと言う珍しい部活だった。
その部活の名前はよく分からない名前だったが内容を見る限り登山部って感じだった。俺の中で登山部のイメージは森に行ってテントを立ててみんなでわいわいするキャンプを想像していた為、運動部のイメージはあまり湧いていなかった。
この部活ならば自然をも体験出来るし、体力もそんなに要らず、楽そうだし最高じゃないか。部活のパンフレットには楽しそうに笑顔で映った生徒の姿が写真で載っており非常に楽しそうで、辛さなんて微塵も感じさせない。
そしてデモンストレーションの内容はクライミング体験でそれも俺としては新鮮な感覚でとても楽しかった。そこで俺の意識は何となくから確信へと変わった。この部活なら俺でも出来る気がするし楽しそうだと。
この選択が、この俺を変える事になるとはこの当時は思ってもいなかった。
俺はすぐ様、二つの部活の参与の部屋へと向かって入部をしようと担任に提出する部活動入部シートを手に握って北棟の四階にある参与の部屋へ向かう。驚いた事にジャグリング部の参与とワンダーフォーゲル部の副参与は同じ人でこれも何かの縁なのかと俺は感じた。
ワンダーフォーゲル部の参与の
野原先生は浅黒い皮膚とは対照的に真っ白な髪の毛を持っており、掘りの深い顔をしている。目の隅には皺がかなり入っており、それがまた優しそうな雰囲気を出していた。その身体は年の割に引き締まっており、運動はかなり出来そうである。そして、その俺に問いかけた時の声は渋く、かなりの貫禄があった。
俺は休日休めるし、楽そうなのでとは言う訳にもいかずこう答える。
「僕は自然や生き物が好きなんです。山を通して色んな事を感じ取りたいと思いまして……」
「あんまり、自然はともかく、生物を感じるって事は無いと思うけどなぁ……」
「?」
野原先生は苦笑いしながらぶっきら棒に答え、俺はその答えにキョトンとした表情を返す。俺が言った事は嘘では無いのだが、苦笑いしながら俺の目を見つめる野原先生の鋭い目付きに俺は言葉がそれ以上出なくなる。
軽い気持ちでは入ろうとしたのがいけないのか……?よく考えた方が良いと言わんばかりの野原先生の目に俺は冷や汗をかき、一歩退く。
「まぁ、良いよ。この判子押しとくね。練習はしっかり参加して頂戴ね。詳しい事は先輩達とかから聞いてね。班室の場所は技術室の隣だからヨロシク」
技術室は生徒が勉強を行う校舎とは別の公道を跨ぎ門を潜ったすぐ先にある。そこの隣には柔道や剣道を行う敬道館があり、その裏にはクライミングボードやテニスコートなどが常設されている。ハンドボールコートまで常設されているのだから驚きだ。
「え、あの……」
「あ、参与が普段の練習に口を出す事は殆ど、無いから安心してね。あ、詳細は今週のミーティングで言う事になると思うけど、これ今年の予定表ね」
そんな俺の様子とは裏腹に淡々と野原先生の方で進んで行く作業に俺はぽかーんと口を開けてあたふたするしかなかった。既に入部を許可する判子は押してもらった為、俺の入部は完了した訳だが、普段の練習に参与が参加しないってどんな部活だよ。
参与が練習に口を出さないって点からやっぱり楽そうな部活だと思いながら俺は教員室を後にした。それでも、部員の数は六十人近くいるのだから人気が無い部活では無い。いや、全校生徒が三千人近くいる上掛け持ちも許されている為、妥当なのだろうか?だが、俺にとって六十人と言う人数は多く感じた。
楽だから沢山入っているのか、それともキャンプが楽しそうだなら沢山入っているのかのどちらかだろうと俺は考えて、ジャグリングの方も参与の内山うちやま先生に判子を押してもらった。
ミーティングは確か今週の木曜日にあるって言ってたが、何を説明するのだろうか……それとも自己紹介か?と思いながら今年度の部活の予定表を見て俺は顔を引きつらせる。
うげっ……マジかよ。二週間後合宿あるじゃん……。まだ何が必要なのかも分かっていない俺は二週間後に休みが消えるって事を知ってげんなりとする。
まぁ、楽しいキャンプならば良いだろう。休みが潰れるって言ったって毎週じゃないし、多少は運動部なので許容範囲内だ。キャンプを主にする部活なのに合宿が無いってのも変な話だし、それもそうだな。
深く考えずに入った部活だったが、俺は今ちょっとだけ後悔していた。
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