婚約破棄は構わないが巻き込まないでくれ

淡雪こあめ

婚約破棄は構わないが巻き込まないでくれ

「フラヴィ・レイエ! お前との婚約を破棄する!」


 ロセワール王国、王都に位置するこの学園には多くの貴族が在籍する。

 学園と言ったが正確には魔法学園である。貴族のみが通うことを許された学園。


 そんな学園では定期的に茶会と称した交流会を実施している。実質、親が同伴しない社交界である。


 親が居ない学園内でどう過ごすかは本人次第だ。

 このパーティーも自由参加。不参加による学園側からの罰は存在しない。


 ゆえに賢いものはこのパーティーを使って情報収集や家同士の交流を深めていく。


「婚約破棄………ですか」


「あぁ! お前は嫉妬のあまりにリシアへの数々の暴虐を………! 到底許されることではない!」


 婚約破棄を言い渡されたご令嬢は表情を引き締め顔に降りかかる金の髪を後ろに靡かせる。背筋を伸ばし、男―――婚約者だったシャルロ・ロセール殿下を睨む。


「私はそのようなことをしておりません」


「往生際が悪いぞ。いい加減認めろ!」


「してないことを認めろと言われましても………。そもそも証拠はありますの?」


 シャルロ殿下は高らかに証拠はあると宣言した。その発言に会場内にいる令嬢が動揺を見せる。


 しかし当の本人であるフラヴィ・レイエ公爵令嬢は動揺を見せず瞳には呆れの色を垣間見せていた。


 (ここまでお馬鹿な殿下だったとは………)


 公爵家からの婚約申し出だったため間違いなくレイエ公爵家に迷惑がかかるとフラヴィは思いながらも殿下の後ろで嘲笑う男爵令嬢を睨む。


 婚約破棄が実現したとしても彼女に王妃の座は来ないというのに。フラヴィはそんなこともわからない男爵令嬢を哀れに思いつつも殿下との婚約が破棄されてよかったと心の中から安堵する。


「ふんっ。証拠がないかと思っていたか? 俺がそんな馬鹿をするわけかないだろう?」


 いいえ、殿下は馬鹿です。


「………分かりました。殿下との婚約破棄を認めます」


「はっ。やっと認めたか。リシアこれで俺達は幸せになれる」


「はい! シャルル」


 第二王子と公爵令嬢が婚約破棄をした騒動はこれにて終了したかと安堵していると殿下が再びフラヴィに向き合い床を指さしながら土下座して謝れと言った。


「お断りします」


「貴様………!」


「―――ですが感謝は致します。………正直殿下のことは好みではなかったんです。頭が、性格が少し………、私と合わなかったので。こうして婚約破棄を殿下の方からしてくれて心の底から嬉しく思います。婚約破棄してくれてありがとうございます」


「は?」


 口をあんぐりと開けた殿下はとてもはしたない。やはり彼は残念な性格している。そうフラヴィは結論付けお騒がせした周囲に軽く頭を下げる。



 ◇◆



 そんな茶番をぼくは眺めていた。壁に背もたれながらやからしているなぁと思いながらもつまらなさそうに。


 お相手のご令嬢は可哀想だがこれも流れだろう。思い出すのは殿下と男爵令嬢のやり取り。彼女―――リシア・カルモナは平民上がりである。この学園は貴族しか通えないがごく稀に平民でも高い魔力を保有するものが現れる。そういった子を養子として引き取り貴族の中核へと送り込んで自分が贅沢をしようと考える愚かな者が存在する。


 カルモナ男爵もその口でリシアをシャルル王子に向けたのだろう。男爵はリシアが側室か愛人にでもなればいいと思っているだろうが当の本人であるリシアは本気で正妃になれると信じきっている節がある。


 どこからどう見ても間違いなく権力狙いなのが見え見えすぎて気持ち悪い。もっと上手に隠せば他にやりようがあっただろうに。


「~~~! ~~~!!」


「私には密かにお慕い申している方がいますわ。なので殿下もどうぞお幸せになってくださいな」


 顔真っ赤にして怒る王子と涼しい顔で人混みをかき分けて歩く公爵令嬢。

 とんだ時間の無駄だったと左耳のピアスを触りながら長くなってきた銀の前髪を整える。


 ぼくの髪型はボブだ。おかっぱ頭とも言うらしいがぼくは前者で話す。だってそっちの方がおしゃれだろう?


 それはさておきぼくの容姿は中性的だ。男にしては少し綺麗な顔をしていると思う。自画自賛でも自意識過剰でもない。美しい両親の間から醜い子供は生まれてこない。少なくとも容姿に関しては、だ。


 美しい両親の間から生まれて醜い性格には育つ者はよくいる。貴族の間では性格の悪さも必要になるため仕方ないというのもある。


 それはさておき、銀髪に青目というのは貴族間でも割と珍しい色合いだ。金髪青目の美男美女はそこら辺に数え切れないほど転がっている。その中での銀髪はかなり注目される。


 ―――え? 一体何が言いたいかって?


 いくら注目されているとはいえ、レイエ公爵令嬢が真っ直ぐこっちに向かってきてるのはおかしいと思うんだ。

 波乱の予感しかしない。


「レイス・シュノワール様。私、フラヴィ・レイエは貴方に交際を申し込みます」


「………」


 どよめく会場に自分もどよめく。一体誰がこんな予想ができたと言うんだ!


「なっ!? ふざけてるの!?」


 リシア・カルモナが大声でレイエ公爵令嬢を非難する。

 いや、君が言えた立場じゃないだろうに。と心の中で正論をかまして現実逃避する。しかし、この後とんでもない発言が多発して強制的に現実に引き戻されたのである。


「ふざけてなんかいませんわ。本気ですの」


「は………。わ、わ、」


「リシア様なんでしょうか? お話は終わったはずですが?」


「私の方がレイス様に相応しい! だからそんな女じゃなくて私を選んでレイス様!」


「リシア!?」


 どよめきがさらに悪化しもはや混沌状態。

 レイエ公爵令嬢とカルモナ男爵令嬢からの交際の申し出に頭が痛くなる。

 というかカルモナ男爵令嬢はついさっき王子を勝ち取ったじゃないか。何してるの?


「リシア様。貴方には殿下が居られるじゃないですか。交際している殿方が居りますのに他の殿方に現を抜かすなんてはしたないわ」


「シャルルよりも断然レイス様の方がカッコイイもん! 貴女なんかにレイス様を渡さない! レイス様と結婚するのは私よ!」


 なんだこの泥沼試合は。

 外野の視線が痛いためその場から離れるが二人は酷い争いをしているのが背後からとんでもない罵声が飛び合う。



 ◆◇ 



 後日シャルル王子とレイエ公爵令嬢の婚約破棄が発表されたのと同時にレイエ公爵家は爵位降格となり、侯爵家となった。シャルル王子に関しては教育を一から仕込まれ城で軟禁状態。


 レイエ侯爵令嬢とカルモナ男爵令嬢からは正式に婚約の申し出が届く。

 それは予想範囲内だったから良かったもののあの騒ぎに便乗して婚約者の居ないご令嬢から婚約の申し出が沢山舞い込んできた。


 それに父と母は大喜びしていたが次第に量が増えて父から一体何をしたんだと疑いの視線が投げかけられてしまった。


「それにしても本当に沢山の縁談が舞い込んでいますのよ?」


「母上、その話は耳が痛い」


「中には王女殿下もありますわ。………この前のお茶会も縁談の申し出がありましてよ。レイシーはモテモテね」


 ふふとお上品に笑う母上は本当に淑女の鑑だ。ぼくもそうなればよかったのにと思いながらもそれは出来ないとわかっている。これから一生レイスとして生きていくと決めたのだ。


「レイシー、家の中では女の子の姿をしてもいいのですよ?」


 レイシーというのはぼくの本当の名前。レイシー・シュノワール。


 この家には跡継ぎが存在しない。母は妊娠しにくい体質なのか中々孕むことがなかった。そんな中やっとの思いでぼくが生まれた。性別は女。医師からもこれ以上の妊娠は厳しいと言われ我が家は跡継ぎ問題に直面していた。


 女で家督を得るのはありえない。そのため両親は渋々ぼくを男として接し育てた。

 婿養子というのも視野に含まれたが父は実の子に家督を譲りたいという一点張りだった。


 男として育てからと言っても体は女である。そこで母方の家宝である魔道具を使って性転換したのである。


 それの魔道具が左耳に付けているピアスだ。このピアスがついている限りぼくは正真正銘の男だ。もちろん下もついている。


「またの機会にします」


「あら、また振られちゃったわ」


「それにしても本当にレイシーは女の子に人気なのね。女殺しなのかしら?」


「口説いてないよ」


 人気なのも顔なのだろう。リシア・カルモナもあの場で言っていたわけだし。


「そもそもぼくは女だ。あの二人と婚約なんて出来ない」


「そうね。女の子と女の子が婚約するなんてことはないものね」


 そもそも女であるぼくが女の子と婚約するなんてなんの冗談だ。

 まぁ、それでもいつかはしなければならない事なのだろうが。それは今じゃなくても構わないはずだ。


 婚約破棄するのは構わないけど巻き込まないでくれ。

 ただ切実にそう思いながらも暖かい紅茶を口に含む。


 その後、父から王族の手紙を拝借しその内容に絶句し、優雅に紅茶を飲んでいた母が内容を知ると静かに口の中の物を吐き出していた。


 父は王族との縁談に肯定的な姿勢を見せるが母の笑顔一つで黙り込み、ぼくは海外留学を視野に動き出したのだ。


 留学を成功させた先にもまた同じことが発生し、どこの国も雌豚の倉庫なのかとドン引きしながらもなんとか貞操を守りながら過ごしたのでした。


 帰国すればそれはそれでまた一騒動起こったのでそろそろ身を固めないと貞操が危ないとより一層危機感が鳴り響くのであった。

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