ネズミ捕り

 今回は、昆虫類調査ではなく哺乳類調査の話。


 通常、哺乳類調査は両生類、爬虫類はちゅうるいと一緒に行われ、両生類・爬虫類・哺乳類調査、略して両爬哺りょうはほ調査と呼ばれる。両爬哺は単に調査名が長くなるため省略したものだが、他の業界では使われていないようだ。

 小動物調査と呼ばれることもあるが、クマやシカ、イノシシなどの大型獣も含まれる。


 動物学とかの研究の分野では、さすがに両爬哺としてしまうと範囲が広すぎる。研究者一人一人はもっと狭い範囲の分類群を対象としている。

 ただし、博物館などでは、予算や定員などの都合もあるのか、動物学研究室と称して昆虫以外の動物全部が対象となってしまうこともあるようだ。


 環境調査の場合、鳥を除く陸生の脊椎動物をまとめて調査をした方が効率的なので、両爬哺調査という形になっている。


 さて、この調査であるが、調査範囲を歩きまわって生体と痕跡を確認するだけでなく、罠や無人撮影装置を使った調査も行われる。

 無人撮影装置については、デジタルカメラの項で書いた通り。

 そして罠であるが……田舎の山沿いでは、人間も入れそうなおりのような罠を見かけることがある。

 また、隠されているがワイヤーで足を縛って吊り上げるタイプの罠もある。注意喚起として周辺には看板が吊り下げてあったりもするが、万一人が掛かったらただでは済まない。だから季節によっては森に入らなくなる。


 これらは狩猟または有害鳥獣駆除用のものであって、環境調査用のものではない。

 シカやイノシシは糞や足跡などで十分確認可能である。


 環境調査で使われるのは、ネズミやモグラ、それにジネズミやヒミズというモグラの仲間のような小型哺乳類を捕まえるためのものだ。


 特にネズミは、普通の調査では見つけにくく、また種類も複数いるので捕獲が必要になる。

 よく捕れるのは、アカネズミという茶色のネズミ。やや小型で尻尾の長いヒメネズミという種がたまに混じる。他に数種いるはずだが、ほとんど捕れない。


    ◆


 ネズミ捕りと言われて、皆さんはどのようなものを思い出すだろうか。


 直方体というか、上の方が狭まった四角いカゴみたいなものを想像するかもしれない。この家庭用のネズミ捕りは、かさばる上に値段も高く、多数をまとめて書ける調査の仕事には向かない。


 次に思い出すのは、ばね式のものだろうか。木の板の上に頑丈な針金の仕掛けがあり、ネズミが触れるとコの字型の枠が勢いよく百八十度回転し、ネズミを挟んで捕らえるものだ。これはかなり強力で、うっかり指でも挟もうものなら運が悪いければ骨折するぐらいの威力がある。もちろんネズミはひとたまりもない。


 もう一種類、パンチューと呼ばれたプラスチックで挟み込んで圧殺するタイプのものをよく使われていた。


 これらは基本的に捕殺用のものだ。


 ちなみにエサはピーナッツか、つまみ用の細いサラミソーセージ、たまにチーズ。


 その後平成14年(2002年)に鳥獣保護法が改正され、ネズミ・モグラ類と、環境調査とほぼ関係のない海棲哺乳類も対象となった。

 ただし、ネズミのうち家屋や店舗に出るタイプのドブネズミ、クマネズミ、ハツカネズミの3種は対象外となる。


 これに伴い、捕まえたネズミやモグラが助からないタイプの罠は調査に使えなくなり、新たにネズミには直方体、モグラには筒形の生け捕り用罠が使われるようになった。


 家庭用に粘着タイプのものもあるが、あれも家ネズミの捕殺用で調査には使えない。


 そういえば、あの古い罠はその後どうなったんだろう。結構数があったはずだが。とはいえ使えば法に引っかかるというか、まず使用許可が下りないのでそのまま廃棄されたのではなかろうか。

 あるいは、大阪事務所閉鎖の時に本社に送られ、今でも倉庫の隅に眠っているかもしれない。


    ◆


 ネズミは、色々な病原体を保持している。ペストが有名だが、さすがに現代日本ではそれはない。

 しかし、現代でも屋内にいるドブネズミだけでなく、アカネズミなどの野ネズミからも感染のおそれはある。

 だから調査員は手袋を着用し、ネズミは厚手のビニール袋に入れて、直接触れないようして撮影、計測を行う。生きたまま行う必要があるので、実は以前より難易度が上がったのだが、まあそれは仕方あるまい。

 慣れないとたまに計測する前に逃げられる。

 そうして、注意を払いつつ捕獲された場所で速やかにデータ収集を行った後、ネズミはその場で放される。


    ◆


 ネズミに噛まれた場合、鼠咬症そこうしょうという病気に感染することがある。

 病原菌は2種類あるそうで、その症状は発熱、頭痛、関節痛など。少ないが死亡例もある。


 余談であるが、この鼠咬症という言葉を知ったのは、図鑑や動物学の本からでも、医学書からでもない。調査の仕事関連でもない。

 なお、自分は鼠咬症にかかったことはないし、かかったという人にもあったことはない。


 初めてこの言葉を知ったのは、実は子供の頃に見たウルトラマンシリーズである。

 ネズミの怪獣と戦ったウルトラマンが腕を噛まれ、後で人間の姿で医師の診察を受けたら鼠咬症と診断された。そんな話を見た記憶がある。

 怪獣の名も、どのシリーズかすら記憶にないのだが、なぜか鼠咬症という言葉だけは覚えていた。再放送で見たタロウかセブンあたりだと思っていたが、検索してみると帰ってきたウルトラマンだった。怪獣の名はロボネズという。 

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