ひさし

 一連の環境調査員の話、そろそろネタ切れかと思っていた。干支の話を一通り片付けて、畳もうかと考えていた。

 しかし、前回の夢の話をきっかけに考え直してみたところ、まだ書いていないことが色々とあることに気づいた。


 ただ、まずないだろうけど関係者に見つかると身バレしそうなものが数点、それと、業界の闇に関することが2点。

 守秘義務にも時効があって、会社員時代のものはもう書いても法的には問題はないと思われるが、万一見つかったら関係者に迷惑がかかるかもしれないので、もう少し考えることにした。


 それで、今回から小ネタをいくつか書いていくことにする。


    ◆


 今回は昆虫とか自然環境とは関係ないが、会社員時代の話。

 あと、少々下ネタがある。ただし性的なものではない。苦手な方はご注意いただきたい。


 詳細は忘れたが、同じ事務所の別部署で、高速道路関係の設備についての調査があった。

 筆者は同時期に別途動物調査があったためそちらには参加していないが、後に報告書の誤字脱字のチェックを頼まれた。


 インターチェンジにある建物のに関する記述があった。

 念のため書いておくと、とは窓や出入口など建物の開口部の上に取り付けられている小さな屋根のようなものだ。

 雨や雪、その他落下物――多くは落ち葉や木の実など樹木からの落下物――から建物や住人を守る機能を持つ。


 読んでいくうち、ひさしについて書かれたはずのある漢字が意識に引っ掛かった。


 屁。


 あれ……? ってこんな字だったか?

 いや、ひさしを漢字で書くと『庇』だ。字形は一見似ているが、意味は全然違う。


 屁は『へ』である。解説ははぶく。


 屁の部首は『しかばね』。『かばね』とか『かばねへん』とか『かばねだれ』という呼び方もある。


 その名の通り、人が体を曲げた様子に由来し、しかばねや屈という漢字、そして人間や動物の下半身に由来する尻や尾、さらには排泄に関係する屎・尿・屁という字が生まれた。


 一方、庇の部首である广まだれは家屋の屋根に由来する。


 ただし、後に尸と广は混同されることもあったらしく、家屋や屋根の屋の字はしかばねの方が使われている。


 というわけで、庇と屁が混同されても何もおかしいことは…………いやいや、何の業界なら報告書に屁なんて文字が出てくるんだ。


    ◆


 問題は、なぜそんなことになったかだ。


 ワープロソフトで入力したので、音が同じ字と誤変換されることはあっても、形が似ているだけの字と誤記されることは考えにくい。

 ただ、この両者には同じ『ひ』という読みがある。

 時間短縮のためだけで変換しようとして誤変換されたという説がまずひとつ。


 それから、印刷された計画書か何かに読めない字があり、それを何とか入力しようとして一覧からの選択とか手書き入力などの方法を試みた結果、似て非なる文字が出てしまったという説。


 報告書の担当は後輩の女性であり、面識はあったもののなかなか説明しづらい。

 仕方なく校正原稿には屁の字に丸を付けて『要確認』と書いておいた。

 最終的な報告書では直っていたのでなんとかしたのだろう。


 女性にこういうことを聞くのも気が引けたので、結局真相は闇の中である。

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