セミ・ファイナル

 さて、8月から生物の名前の調べ方についての話をしていたが、仕事が多忙になり更新ができない状態となっていた。


 順番は前後するが、暦の上で夏が終わってしまったので、一度セミの話をしておきたいと思う。

 ある程度話がまとまったら順番を変更するかもしれないので悪しからずご了承下さい。


 ……などと言っていたら、結局9月も忙しくてなかなか推敲が進まず、こんな時期になってしまった。面目ない。


    ◆


 このエッセイでは、すでに春に出るセミとか秋に出るセミの話もしたが、ひとまず今回は夏のセミに限って話をすることにする。


 図鑑を見ると、セミは種類により何月から何月頃に鳴くと書いてある。

 ただしこれは、年によって変化があり、図鑑の記述は通常は地方を問わず、一番早い記録から一番遅い記録までがまとめて書いてあるので、実際にはこれより発生期間はずっと短く感じる。


 その発生期間の始まり、ある動植物をそのシーズン中に初めて見ることを初見しょけんという。

 シーズン中、というとわかりにくいが、例えば初雪をそのシーズン初めてではなく、その年初めての雪にしてしまうと、雪国では高確率で一月一日が初雪になってしまう。

 セミの場合は、少なくとも本土では年を跨ぐことはないので、その年の初めてとして問題はないだろう。八重山や小笠原には12月まで鳴くセミがいるので、場合により年を越すこともあるかもしれない。


 またセミ類の場合、姿を見るよりも鳴き声を聞く方がその生息を確認しやすい。このため、初めて鳴き声を聞いた日を初鳴日しょめいびと呼ぶ。

 逆に、そのシーズンで最後に鳴き声を聞いた日のことは終鳴日しゅうめいびだ。


 以前は生物季節観測と言って、気象庁が多くの生物の季節の移り変わりによるデータを記録していたりしたのだが、サクラなどごく一部の植物を除いて2021年に廃止されることになった。

 が、自然保護団体や学会などからの要請により、ある程度の種はまた観測が行われるようになったらしい。


 また、博物館や昆虫関係の地方同好会でも、セミの鳴き声の記録を募集して発表しているところがある。

 筆者も、セミの鳴き声をはじめいくつかの昆虫の確認記録を残しておいて、地元の昆虫同好会などに提供したり、一般的な例から外れた記録を同好会誌に投稿したりする。


 今年はセミが早く鳴いたとか、少なかったとかいうのは短期的にはあまり意味のないデータであるが、長期間集めたデータを見ると、環境変化の影響がはっきり見られることもある。


    ◆


 さて、その初鳴・終鳴の話であるが……。

 初鳴はまだわかりやすい。

 そのシーズンに初めて蝉の声を聞いたら、記録すればいいだけの話である。


 これは種類ごとだけではなく、場所ごとでもある程度は記録しておく。

 都市部と森林、平地と山地などで多少変わってくることもある。

 また、フライング的に早い時期に少数だけ鳴いて、後が続かないということもたまにあったりする。

 だから、シーズン始まりにはある程度まとまった数の記録を残すようにしている。


 問題は、終鳴の方。

 主に現場仕事中のことが多いが、日常生活の中でも……朝、外に出た時に『あれ、今日は静かだな』と感じることがある。

 昨日まで鳴いていたセミの声が、今日は聞こえない。


 夏の終わりには、そんな日が何度かやってくる。


 今日は鳴いていないということは、終鳴は昨日だった。話はそう簡単にはいかない。昨日は本当に鳴いていたのか?

 仕事中ならば、鳴き声による確認記録は毎日残しているので、そこから確認できる。だけど仕事の記録は発注元のもので、個人的な報告には使えない。

 個人的な記録の方は、さすがに記憶があいまいで、本当に昨日は鳴いていたか、一昨日じゃなかったかと言われると断言できないことも少なくない。


 だから、夏の終わり、正確には過去のデータに基づく終鳴日が近づくと、毎日鳴いているセミのデータを記録することになる。

 ただ、いったんセミの声が聞こえなくなっても、突発的に遅れて鳴く個体がいたりするので油断できない。


 そんなふうにセミの鳴かなくなった世界に耳を澄ませていると……時々、電車の駆動音がアブラゼミの声に聞こえたり、工事現場の電動工具の音がニイニイゼミの声に聞こえたりすることがある。

 

 余談であるが……20年以上前になるだろうか。携帯電話が出回り始めた頃の話。

 初めて自分用の携帯電話を手に入れた筆者は、着信音が自分で設定できることを知って、ネットからダウンロードしたヒグラシの鳴き声を着信音に設定していたことがある。

 しばらくして、紛らわしいのでやめた。


 いずれにせよ、そうして初鳴と終鳴のデータを集めておき、ある程度まとまったらどこかに報告する。

 そのデータがある程度の年月集まれば、そこから温暖化など環境変化の影響が見えてくるかもしれない。


 ただ、この初鳴と終鳴、地方によってセミの生態に差が生じているようで、単純に南から北へ、もしくは北から南へと移っていくわけではない。

 桜前線みたいに、暖かくなるにつれ南西から北東へと日本列島を駆け上がっていくわけではない。

 同じ種類でも北の方で先に鳴き始めたりすることも少なくないようだ。


 クマゼミのいない東京におけるセミの発生状況なんかにも興味はあるのだが、なかなか忙しい夏の時期に、私用で東京まで行っている余裕がないのが実情である。


    ◆


 8月中旬ごろ、夏休みの終わりを待たずにセミの季節は終わりに近づき、夕方になるとコオロギの声が聞こえてくるようになる。


 秋来ぬと 目にはさやかに 見えねども 蟲のこゑにぞ おどろかれぬる(盗作)


 やがてこれが昼間にも聞こえるようになると、短い秋がやってくる。

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