詳しい人に聞こう

 前の二回に引き続き、専門外の人が動植物の名前を調べたいときの話である。


 結局、図鑑などの資料が手元になく、あってもなかなか有効活用は困難ということで、自力では結論にたどり着けないか、たどり着いてもそれが正解かどうかわからないということもよくある。


 それでは、どうすればよいか。

 自分が詳しくないのならば、詳しい人に聞くという手がある。


 ならば、詳しい人とは?


 例えば、専門の研究者。

 そして例えば、ネット上の掲示板。 


    ◆


 一つ目の、専門家に問い合わせるという方法。


 昆虫類に詳しい人というと、まず『昆虫学者』という言葉が頭に浮かぶかもしれない。

 しかし、現代において学者というと、通常は大学の教員か博物館の研究職のことになる。博物館の研究職は、学芸員と呼ばれることが多いが、研究員など館により呼び名が異なることもある。


 とはいえ、さすがに大学教授に問い合わせ、というのも難しいだろう。いろいろお忙しいだろうし。


 博物館学芸員の方は、一応博物館に寄せられた質問への回答も仕事のうちのようである。

 学会や同好会、博物館行事の他、個人的な標本や文献の調査でもよく博物館の学芸員の方にはお世話になっていたが、しばしば問い合わせの電話がかかってきて席を外していた。

 ただ、仕事とはいえ急に質問をぶつけるのは迷惑になることもあるかもしれない。学芸員でもない自分が言うのもなんだが。


 また、学会や同好会の会合の際に、同定会のようなものが実施されることもある。これは会員以外も参加できるものがあるが、それでも一般の方にはハードルが高いかもしれない。


 そこで、博物館主催の同定会である。


 博物館によっては年に一度、標本の同定会を実施しているところがある。そこに標本を持ち込んで質問するのが、一番良い方法なのかもしれない。

 大体は、こういう会は8月の終わりごろに実施される。子供たちの夏休みの終盤、自由研究とか宿題の追い込みの時期である。


 一昔前には、普段は自然科学なんかとほとんど関係のないデパートなどでも、8月後半ぐらいにこのような行事が行われていた。しかし、近年では博物館以外ではほとんど見られなくなった。


 博物館の同定会は、場所によっては学芸員だけでなく、出入りしているアマチュア研究者も集まっており、さながら交流会の様相を呈している。

 筆者も専門外のものや資料の少なく同定の難しい標本を持ち込んで調べてもらったり、時には自分の専門の虫を学芸員のかわりに同定することもあった。


 残念なことに、ここ数年コロナの影響で同定会も開かれないことがあった。

 またコロナがおさまれば以前のように顔を出したいものである。


 なお、筆者のような昆虫類の同定を生業なりわいとしているものも一応プロの部類には入るのだが、いかんせん知名度が低い。まあ、仕事であり同定を行うと費用が発生するので、気軽に問い合わせをされても困るのであるが。


    ◆


 二つ目は、ネットで質問する方法。


 よく使われる手段であるが、実はこれは「詳しい人に聞く」とは言い切れない。

 すなわち、画面の向こうにいる匿名の人が、本当に専門家なのか、自分は詳しいと思い込んでいる人なのか。

 もしかしたら、わざとでたらめを書いている可能性さえも。


 例えば、花に来ているハチをすべてミツバチと断定してしまう人なんかもいたりする。

 訪花性、つまり花に蜜や花粉を採りに来る種の多いハナバチというグループは、日本に四百種近くが分布する。

 ミツバチさえも、特徴さえつかめればミツバチ属であることは一目でわかるようになるが、そのなかには在来種のニホンミツバチと外来種のセイヨウミツバチの二種が混じっている。


 それに、花に来ていればハナバチ類というわけでもない。ほかのグループでも、花粉は利用しないが、蜜は自身の餌とするものは非常に多い。

 もう一つおまけに、花にはアブやハエの仲間もやってくる。その中にはハチ擬態の種も多く、ネットに画像を投稿している人もたまに騙されていたりする。


 あるいは、一つの質問に対し、別々の相手から違う答が返ってくることすら少なくない。 


 ようするに、ネット上で質問して得られた答えが正しいか。それを確かめるすべがないのである。


    ◆


 さて、3回にわたって生物の名前を調べる方法について書いてきたが、前回も書いたように、これはあるネタのための前振りである。


 そのネタとは、近年登場した生物同定アプリ。


 将来、我々環境調査員の立場を脅かしかねない代物であるのだが……。


 詳細は――次回に続く。

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