同定アプリ(前編)

 公園の花壇の上を、薄い水色のチョウがひらひらと舞っていた。

 スマホからアプリを起動、撮影モードにして、動きの読みづらいチョウを追いかける。


 公園の花壇の周りでは、都市部でも十種以上のチョウがみられる。種類によって、すぐ花にとまるタイプと品定めをするかのように飛び続けるタイプがいる。

 シジミチョウと呼ばれるこのグループの種はずっと飛んでいるものが多く、シャッターチャンスはなかなか訪れない。


 また、これらの仲間はよく似た種が複数いて、翅の裏の微妙な模様の違いによって見分けなければならない。

 郊外の自然の多いところと違い、都市公園だとたいていヤマトシジミという種の可能性が高いが、季節によって増える種もいるし、最近では外来種も入ってきている。

 それ以前に、種を決定するための情報を得る前に推測で種を決めるわけにはいかない。


 しばらく観察を続け、ようやく花にとまったところを、慎重にスマホを近づけて撮影する。


 種の特徴が分かりやすいように構図を選んで……。

 よし、撮影成功。


 ターゲットであるチョウが大きく写るよう、画像をトリミングする。


 続いて、アプリの画面に動物か植物かの選択肢が現れた。もちろん、動物を選ぶ。

 花にとまったチョウを撮ったので、ここで植物を選ぶと花が対象となってしまう。


 数秒後、写真から判定された同定結果のリストがいくつか、画面上に並ぶ。


 特徴をちゃんと撮影したので、候補の一番目に『正解』が表示されている。

 それを選んで、最終的な確定のボタンを押す。


 と、いうわけで……。


 ウラナミシジミ、ゲットだぜ!


    ◆


 この手の、動植物の名前を教えてくれるサイトというのははっきり記憶にはないが4、5年ぐらい前から存在したと思う。


 写真を投稿すると詳しい人が教えてくれる掲示板形式ではなく、アプリそのものが写真に写った生物の名前を調べてくれるのだ、

 原理や方法については専門外であるが、画像検索とか顔認証とか、そういうもののための技術を駆使すれば何とかなるんじゃなかろうか。知らんけど。


 少し前、一度興味があって植物の名前を調べるスマホアプリをインストールしてみたことがある。

 それは、結果が出るまでにかなり時間かかる上に、明らかに間違いというのも散見されたため、すぐアンインストールした。


 その後も、似たようなアプリはいくつか出て、だんだん精度が上がってきている、といううわさも聞いてはいた。


 最終的にたどり着いたのが、駅のポスターでも大々的に宣伝していた、Biomeバイオームというアプリであった。

 実在のアプリだが、決して宣伝とかそういう目的ではないことはひとまず明記しておく。


 対象となるのは、昆虫類4万種以上、種子植物2万種以上、その他すべて合わせて10万種近く。


 どこかのサイトで見たのだが、それは一時『リアルポケモンGO』などと呼ばれていたらしい。ちなみにポケモンGOとは、スマホの位置情報を利用し、ゲームのキャラクターであるポケモンを現実世界と同じ地図上で捕まえられるスマホアプリである。長くなるので気になる方はネットでご検索ください。

 ちなみにポケモンは、2022年発売の最新作で一千種を超えた。いや、比べるもんでもないだろうけど。


    ◆


 撮影した現実世界の動植物を、アプリで名を調べ、位置情報と共に登録する。

 それを繰り返して登録種数が増えると、ゲームで経験値を稼ぐようにポイントが溜まり、高いランクのバッジがもらえる。


 まあ、RPGのようにレベルが上がったら新しい能力が使えるようになる、というわけでもないので、単なるコレクション的なものではある。


 それと、前述したようにアプリが種の名前を教えてくれるわけではなく、最終決定は自分でしなければならない。

 それゆえに、明らかにその種であるとわかるもの以外は、確定にある程度の知識が必要となるだろう。


 ただ、専門知識がないとこのアプリは使えないというわけではない。

 一般の掲示板のような質問コーナーがあり、種を決定できなかった写真を投稿すると、他の会員の詳しい人が教えてくれる。

 まあ、たまにあてにならないものもあったりするが。


    ◆


 さらに、このアプリは単なるデータ収集をプレイヤーたちが楽しむだけのものではない。


 地方自治体や公園などと協力し、範囲内の生物の記録も収集することもある。

 筆者のいる関西の例を挙げると、大阪市や神戸市での生物多様性調査や、淀川での外来水草の調査などがあり、それらが期間限定のクエストとしてアプリ内に登場する。

 それはまるでゲームのミッションや、ラノベの冒険者ギルドからの依頼のようで、楽しみながら自分のコレクションを増やし、同時に環境保全にも貢献できるというわけだ。


 それ以外でも、集められたデータは絶滅危惧種の保全に使われたり、外来種の分布拡大のデータとなる。もちろんこのような注目すべき種だけではなく、普通種についても一般から集められた数多くの記録は、今後の変化――一例を挙げると、普通種から一時的に激減したアキアカネのような――を知るための重要なデータとなるだろう。

 

    ◆


 さて、一般の人でも生物の情報が記録できるこのアプリ、今後我々環境調査員の役に立つものとなるか、あるいはその立場をおびやかすものとなるか。 


 後編では、そのあたりを見ていきたい。 



参考サイト

株式会社バイオーム ( https://biome.co.jp/ )

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