図鑑で調べよう
さて、前回は生き物の名前を知りたい時、図鑑が手元にないか、あっても使いこなせないこともある、という話だった。
適切な図鑑を持っていないときに味方になってくれるのが、図書館である。
いや、味方になってくれるはずなのだが……大きな問題がひとつ。
確かに図書館には、ある程度大きなところだと色々と図鑑はある。
しかし、専門的なものはたいてい
やはり値段の高いものは貴重品扱いになるのだろうか。
生態などの情報を得るだけならともかく、虫の名前を調べたければ手元に標本がなければ見比べようもない。
高校時代には半ばヤケになって、じゃあ虫を図書館に持ち込んで調べてもいいのかー、などと考えたこともあったが、さすがに実行には移さなかった。
今ならば携帯電話やスマホで撮った写真を持ち込むことは可能だが、以前は要点をメモするくらいしか方法はなかった。
有効的な使い方としては、図書館でどれが欲しいか見当をつけて、それを本屋に買いに行くというのが一つの方法だろう。
◆
それから、図鑑の使用例として、ひたすら絵合わせで調べたが見つからなかった、という話も前回書いていた。
その場合、単にその図鑑に載っていないだけか、もしくは見落としが生じた可能性がある。
では逆に、絵合わせでも対象の虫と思われるものが見つかった場合、と言うか見つかってしまった場合はどうだろうか。
果たしてそれは、図鑑の中で見つけたその虫で合っているのだろうか。
虫などの中には、同定の簡単なものと難しいものがいる。
少し違う見方をすると、図鑑に載っている知識だけで種を特定できる種とそうでない種がいる、ということになる。それは分類群に関係なく、近縁の種でも一目でわかる種と似た種が多数いる種が混じっていたりする。
前者は形や色、模様が唯一無二……少なくとも日本国内とか、本州・四国・九州では紛らわしいものがいない……もの。
図鑑によっては、『独特の形態により同定は容易』などと書かれていることもある。
そして、その対極に位置するものが、一見似たような種が複数いる場合。
分類学的に近縁な種同士がよく似ているというのはよくある話で、図鑑のそれらの種のところを見れば、大体見分け方は書いてある。たまにわかりにくいこともあるが。
問題になってくるのは……外見はよく似ているが、まったく別の分類群に属している、というものが自然界には非常に多くいるのである。
それは擬態や収斂進化の結果の場合もあれば、単なる他人の空似、偶然の一致の場合もある。
◆
一例を挙げてみよう。
『アゲハモドキ』という名の
モドキとは、漢字で『擬き』と書き、何かに似せて作られたものとか、
生物の世界では、別の種に擬態している種を偽物呼ばわりはさすがに表現が悪過ぎるのではないかと思うが、慣例的に使われている上にモドキの名が一番しっくりくるような場合もあったりする。
アゲハモドキの場合は、黄色と黒のいわゆるアゲハチョウ、別名ナミアゲハではなく、ジャコウアゲハという黒いアゲハチョウ科の一種に擬態している。
子供の頃、家庭や学校、保育園などで飼育した記憶のある人は、アゲハチョウの仲間の幼虫はミカン類の葉を食べている、という印象があるかもしれない。
筆者も子供の頃には、庭にあった鉢植えの小さいミカンの仲間に付いていたアゲハの幼虫を、室内のケースに移して飼っていた。ただ、途中まで野外にいたせいか、蝶ではなく寄生蜂が替わりに羽化してくることも少なくなかった。
確かにアゲハチョウ科にはミカン類を食草とするものが多いが、すべてがそうではない。
キアゲハの幼虫はニンジン他セリ科の植物の葉を、アオスジアゲハの幼虫はクスノキの葉を食べて成長する。
そして、アゲハモドキの擬態のモデルとなっているジャコウアゲハの食草は、ウマノスズクサという植物の仲間である。聞いたことのない名前かもしれないが、河川敷などによく生えている。
このウマノスズクサにはアリストロキア酸という毒が含まれている。ジャコウアゲハの幼虫はこの葉を食べることにより、毒を体に取り込んで外敵から身を守る。
さらに毒は蛹を経て成虫になったのちも体に残り、チョウを食べたものにダメージを与える。その後、それに懲りた肉食昆虫は、ジャコウアゲハを食べなくなる。
そして、ジャコウアゲハに擬態したアゲハモドキや、毒を持たないクロアゲハ、オナガアゲハなどの黒いアゲハチョウ類も捕食を
話が大きく逸れたが、結局何が言いたいかというと、アゲハモドキを見付けてチョウの図鑑で調べようとすると、ジャコウアゲハをはじめとする黒いアゲハチョウ類と誤同定する可能性がある、ということである。
擬態といっても、一見似てはいるがよく見比べると翅の形をはじめ細部がかなり異なるのでジャコウアゲハではないとわかるはずなのだが……。
チョウの図鑑には基本的にはガは載っていないあるが、一部の一般向け、子供向けの図鑑には、アゲハモドキというジャコウアゲハに擬態したガもいる、というようなことが時には写真付きで書かれていることもある。
しかし、それがない場合、この種はこのチョウの図鑑に載っていない、もしくは実はチョウじゃないかも、ということになる。
そういう思考ができないと、図鑑に載っている種、その中でも最初に見つけた種にむりやり当てはめて間違った結論に達してしまったり、もしくは子供の頃の筆者のようにこれは新種だ、大発見だなど浮かれてしまったりするのである。
ただ、チョウじゃないからと言って、では何かというとそれを確かめるのがまた大変。本来なら昆虫類全般を網羅した資料を見ながら、何の仲間であるかを特定する必要があるのだが、それにもやっぱり基礎知識が必要だ。
◆
さて、また結構脱線して長くなったが、実はこれらは、次回含めて三回分、その次に書くあるネタの前振りというか前提条件なのであった。
夏になって現場の仕事や同定依頼も増えてきた。
更新頻度も遅くなっているが、もう少しお付き合いいただきたい。
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