ホタル調査(前編)

 初夏の大地を暑く照らしていた太陽は、少し前に西の山に隠れた。ゆっくりと流れ続ける川面かわもに、静かに夜のとばりが下りる。


 夕暮れの涼やかな風が水辺のヨシ原を、川岸の木々を撫でてゆく。

 いろどりを失いかけた世界の中、風にそよぐ葉の裏に小さな黄緑のともしびがぽつりぽつりと輝き始めた。

 やがてその光は、深まりゆく闇にいざなわれるかのように枝葉を離れ、群れを成してそらを舞う。


 さあ、ゲンジボタル調査の時間だ。


    ◆


 日本には、亜種を含めて50種ほどのホタル類が分布する。ホタル類とは、ほぼ甲虫目ホタル科といってよいが、1種だけ八重山諸島に生息するオオメボタル科(別名イリオモテボタル科)のイリオモテボタルというのがいる。


 その多くは南西諸島産で、本州で調査をしているとみられるのは10種足らず。もちろん通常の昆虫調査ではこれらすべてが対象であるが、夜間調査を行うのは通常、成虫がはっきりと光るゲンジボタル、ヘイケボタル、ヒメボタルの3種。それ以外の本州産種は、成虫は光らないかかなり弱い光を出すだけである。


 ただ、クロマドボタルのように幼虫だけが光る種で県のレッドデータブックに載っている種が少しあり、幼虫のために夜間調査をやったことも数回だけある。


    ◆


 さて、ホタル調査と言うと基本的に夜間の調査になる。


 では、なぜ夜間調査を行うか、というと……。

 夜の調査の方がホタルがきれいに見えるのは確かであるが、もちろんそれが理由ではない。夜行性の種であるため光の数を数えるだけで効率的に生息状況が確認できるからである。


 前夜にホタルがたくさんいたところに昼間に行き、ヨシ原や川辺の樹木を網ですくっても、ほとんどホタルは捕れない。川近くの葉の裏で休んでいるという話ではあるが、大型の捕食者に見つからないように隠れているためか、昼間に確認するのは難しい。


 このあたりは天気の悪い日のチョウやトンボなどと同じである。


    ◆


 それから、夜間調査と言っても一晩中仕事をしているわけではない。

 夜間調査に適した時間帯は、通常日没後2~3時間程度である。


 ゲンジボタルやヘイケボタルのほうも、夜通し活動しているのではなく、日没から日の出までの間に3回活動のピークがある。


 文献によって書かれている時間帯に多少のズレがあるのだが、1回目は日没から午後8時頃まで。これが最大のピークでもある。

 その後は一旦活動が下火になり、次に活発となるのは深夜、午後11時から午前0時あたり。

 そして最後のピークが、午前2時から3時頃。俗に言う、草木も眠る丑三つ時である。


 それで、ホタル調査の方は1回目のピークに合わせ、日没の少し前から3時間程度実施するのである。

 その後は調査員も、家だかホテルだかに帰って寝る。


 まあ、たまにはホテルで他の作業をしたり、執筆をしたりするのだが……昼間から夜まで調査をしたり運転したりしていると、すぐに眠くなって作業は先送りとなることも多い。


    ◆


 調査範囲が一晩で調査が終わる程度に狭ければ、昼間に別の仕事をした後で夕方に現地に移動、夜間調査を行うこともある。

 終了後は、現場が近ければそのまま家に帰る。離れていれば近くのホテルに泊まり、翌日午前中に帰ってくるということもある。


 だが、一日で回り切れないほど範囲が広ければ、複数日かけて調査を行うことになる。


 で、問題はその間。ホタルの見えない昼間に、調査員は何をしているのだろうか。


(つづく)

 

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