午 ―ウマ―

 十二支シリーズ第七弾、今回はウマである。


 一応国内には北海道から沖縄まで在来種のウマというものが存在するが、多くは飼育下にあり、また個体数が少なく絶滅が危惧されている。


 現代において馬が見たければ――ギャンブルなどやっても損するだけなのが目に見えている筆者は、コロナ禍の昨今においてどういう状況になっているのか知らないのであるが――競馬場に行くのが一番手っ取り早いと思われる。


 環境調査において、馬が記録されることはまずない。一度だけ乗馬クラブの近くで調査をした記憶があるが、もちろん対象外である。


    ◆


 馬の名を冠する生き物としてまず思い浮かぶのは、魚のウマヅラハギだろうか。

 釣りをする人なら、船や防波堤などから釣ったことがある人もいるだろう。


 馬面うまづらとは、馬のように顔が細長いことを示す。人間に使うとあまりいいイメージがない、というかほぼ悪口である。

 動物の世界でも頭部が細長い種に使われることがあるが、あまり多くない。前出のウマヅラハギとその仲間。日本にはいないが、哺乳類のウマヅラコウモリ。

 昆虫では、甲虫やハチ、ハエの仲間に少しだけいる。


 それから、ウマヅラ以外にウマの名を関する昆虫といわれて思い出すのは、キリギリスの仲間のウマオイ類とカマドウマ類、それからウマノオバチという蜂である。


    ◇


 ウマオイは、童謡『虫のこえ』で名前だけは聞いたことがあるが、実物を見たことや声を聞いたことはないという人も多いのではないだろうか。

 著作権はすでに消滅しているので、上記『虫のこえ』から引用すると、二番に『あとから馬おい追い付いて、ちょんちょんちょんちょんすいっちょん』という歌詞がある。原典では旧仮名遣いで表記されている――タイトルすらも、原典では『蟲のこゑ』となっている――が、ここでは現代仮名使いで表記する。

 この鳴き声が、馬子まごが馬を追い立てる声に似ているということで馬追うまおいの名がつけられたらしい。とはいえ、現代では馬子の声など聞く機会はない。どれほど似ているものかと、ちょっとYouTubeなどで調べてみたが、残念ながら本物の馬子の声は見つけられなかった。


 このウマオイ、かつては一種とされていたが、研究が進んだ後に本州には二種がいるということになった。

 主に下草の多い樹林やその周辺に生息し、『スーイッ・チョン、スーイッ・チョン』とゆっくりした声で鳴くハヤシノウマオイ。

 主に農耕地や河原などの草地に生息し、『スィッチョン、スィッチョン』とせわしなく鳴くハタケノウマオイ。

 この二種、鳴き声を聞けば比較的簡単に区別できる。しかし外見の区別点はオスの翅の模様だけで、メスを捕まえても種の決定は困難らしい。


 また、ハヤシの方が比較的普通にみられる、というか鳴き声をたまに聞くが、ハタケの方は珍しい。


    ◇


 カマドウマは、一応キリギリスの仲間と書いたが、直翅目という大きなグループで一緒になっているだけであり、同じ直翅目のキリギリス・コオロギ・バッタとはまた別の小さなグループに分類される。

 見た目は背中の丸くなったはねのないキリギリスで、黒っぽい褐色で薄い黄色の模様があるという、地味な外見をしている。

 翅がないせいか、地方により種の分化が進んでおり、日本全土に百種ほどが分布している。

 名前にウマがついているのは、頭部が細長いから。

 一方、残りのカマドは、家の中でもよく見られたということに由来している。ただ一般的には、ベンジョコオロギという別名……というより一般名の方がよく知られているかもしれない。

 一部の種は上記のように、かつては人家内でも見られたが、現代ではほとんど山林でしか見られなくなっている。道のない林の中を歩いていると、時折飛び跳ねながら逃げてゆくのをよく見かける。


    ◇


 そして、ウマノオバチ。漢字で書くと馬尾蜂となる本種は、コマユバチ科という寄生バチの仲間である。


 産卵管を含まない体長は、個体により差があるが大体2cm程度の中型の蜂の仲間だ。問題はその産卵管で、10cm以上、最大で体長の9倍に達することもある。馬の尾の名はその産卵管に由来するようだが、馬の尻尾にしても細長すぎる気がする。

 その産卵管は針のように固いわけではなく、少し柔らかめの針金のような感触で、メスはそれをぶら下げてふらふらと飛ぶ。


 なかなか見られない種で、筆者は長年この仕事をしているが、自分で見つけたのはオスメス各一個体ずつ。他に、他社から同定依頼で回ってきたものを数個体見たことがあるだけ。

 ただし、最近記録例が増えてきたという話もある。


 その発見例などから、カミキリムシなどの木材に潜る昆虫の幼虫に寄生すると推定されてきたが、実際の確認例はなく、長すぎる産卵管も具体的にどう使うか謎であった。

 近年になってようやく、ミヤマカミキリという甲虫の蛹に寄生していることが確認され、産卵管の使い方も解明が進んできたようである。


    ◆


 さて、年賀状ネタだが、馬にしろその名を持つに虫にしろ、写真撮影はなかなか難しい。ウマオイは夜行性で声を聞くのは難しくないが姿を見るのはなかなか困難である。カマドウマベンジョコオロギの写真なんて喜ばれないだろうし。

 最近確認例が増えているというウマノオバチが、プライベートでも見つかればいいのだが。



参考文献

加賀玲子・川島逸郎・苅部治紀, 2018. ウマノオバチ Euurobracon yokahamae (Dalla Torre, 1898) (Insecta: Hymenoptera: Braconidae) の生活史, 特にその寄主について. 神奈川県立博物館研究報告 (自然科学), (47): 59-66.

町田龍一郎 (監修)・日本直翅類学会 (編), 2016. 日本産直翅類標準図鑑. 384pp., 学研プラス.

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