寅 ―トラ―

 十二支シリーズ第三弾、今年の干支であるトラについて書いていこうと思う。


 ご存じの通りトラは日本には分布せず、実物は動物園などでみられる程度である。


 こんな人間を積極的に襲う肉食獣がいたら、環境調査員など成り立たないか、まったく別の仕事になるかもしれない。それこそラノベに出てくる冒険者か、ゲームに出てくるハンターのような。

 筆者のような、昆虫に関する知識があるだけで体力のないものなどただのやられ役である。あるいは、海外旅行でたまについてくるような、ガイドかボディーガードがいれば何とかなるのだろうか。


 環境アセス以前に、社会の構造自体が全く変わっていたことだろう。

 具体的にどうなっていたかと問われると、専門外なので何とも言い難いが。


    ◆


 加藤清正の虎退治の話を聞いたことはあるだろうか。

 日本の話ではなく、豊臣秀吉の朝鮮出兵の際のことである。

 加藤清正ではなく別の人という説や、当時多くの兵がトラ狩りをしていたという話もある。

 何が言いたいかというと、日本における安土桃山時代には、隣の朝鮮半島にはまだトラがいた、ということである。

 その後二十世紀初めぐらいまでは分布していたようであるが、徐々に分布域を狭め、今では絶滅が危惧されるまでになっている。


 ちなみに日本では、縄文時代よりもさらに昔の旧石器時代にはトラの仲間がいたことが、化石から判明している。


 幸い、といっては表現が悪いかもしれないが、その後孤立してしまった島国からトラは姿を消し、環境調査員は安心して野山を歩くことができるようになった。


    ◆


 今年、令和四年は寅年だけあって、年始から某国営放送でもトラの話をやっていた。

 虎というと、黄色と黒の縞模様というイメージを持つ人も多いだろうが、実は黄色ではなくオレンジと黒である。

 先に挙げた番組でもやっていたが、オレンジと黒の縞だと保護色として茂みにうまく溶け込めるのに、黄色と黒の縞ではかえって目立ってしまう。


 黄色とオレンジ、色的には似たように見えるのに、まったく違った結果となるのは興味深い。

 では、黄色と黒の組み合わせが何の意味も持たないかというとそうではなく、オレンジとは真逆の意味を持つ。

 すなわち、黒とオレンジの隠蔽色いんぺいしょく保護色ほごしょく)に対し、黒と黄色の警戒色けいかいしょく


 立ち入り禁止のロープや踏切など、危険を知らせるために目立つ必要があるところに、黄色と黒の模様は使われている。


    ◆


 さて、トラの名を持つ生き物の話をしよう。


 植物ではサクラソウ科のオカトラノオ、シソ科のミズトラノオ、タデ科のイブキトラノオ、それからシダ植物ではチャセンシダ科のトラノオシダにヌリトラノオ、海藻であるホンダワラ科のウミトラノオと、ややこしいことにかけ離れた分類群で虎の尾の名を持つ植物が複数ある。


 動物では鳥のトラツグミ、トラフズク。魚のトラフグやトラギス、トラウツボにトラザメ。両生類のトラフサンショウウオ。

 昆虫では蝶のトラフシジミや蛾のトラフツバメエダシャク、甲虫のトラフコガネ、トラハナムグリ、蜂のトラマルハナバチなど。

 ちなみにトラフとは漢字で虎斑と書き、トラのような斑紋を示す。


 他にも多数いるが、多くは黒と、黄色やオレンジなどの二色からなる縞模様やマダラ模様の種がほとんどである。

 例外的に、蛾のトラノオナミシャクや蜂のオカトラノオハバチのように、オカトラノオを食草とするためトラの名を持つ種もいる。


 中でも種数が多く、昆虫調査をしているとよく見かけるのがトラカミキリというカミキリムシの仲間。縞模様とかマダラ模様のあるカミキリムシの一群で、日本に八十種ほどが分布する。

 体色は黒を中心に、黄色やオレンジだけでなく白、灰色、赤まで様々な色、種によっては二色だけでなく三、四色が使われているものもある。

 前回の話の続きになるが、漢字で書くと『虎天牛トラカミキリ』。やっぱり一見すると何だかよくわからない。


 さて、昆虫の場合、たまたま縞模様をしているだけの種もいるが、ある生き物に期待することにより身を護っているものもいる。擬態しているのはもちろん虎ではなく、黒と黄色の縞模様の体と強い毒を持つ昆虫。

 そう、スズメバチをはじめとするハチの仲間である。

 先ほど述べたように黒と黄色は警戒色としての機能を果たし、トラの威ならぬ蜂の威を借りた虫たちは捕食を免れる。


 とはいえ、ごくまれにはハチ擬態が裏目に出て、重要種のハチを探す環境調査員に捕らえられたりすることもあるのであった。


 

参考文献

長谷川善和・高桒祐司・根之木久美子・木村敏之, 2019. 大分県津久見市の石灰石鉱山産トラ化石. 群馬県立自然史博物館研究報告, (23): 1-11.

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