メガネ、メガネ

 もうかなり記憶はあいまいなのだが、視力が下がり始めてメガネをかけるようになったのは高校の頃だったと思う。


 社会人になり、車の運転のためにもメガネは必須となった。それと、パソコンを使った作業にも。


 さらに時は流れ、いつのまにやら老眼まで加わると、今度は手元を見るときは裸眼のほうが見やすくなった。本を読むとき、携帯メール等をチェックするとき、それから小さな昆虫を見るとき等はメガネをはずすか、頭の上まであげないといけなくなったのだ。

 普段は髪のところでうまく止まってくれるのだが、時には両手のふさがっているときにずり落ちて行ったり、鼻当てのあたりに髪が絡まって何本か切る羽目になったりすることもある。


 マンガなどでよくあるパターンに、そうやって頭の上にメガネを上げていて、そのままどこにやったかわからなくなり、「メガネ、メガネ」と探し回る、というのがある。

 マンガだけではなく、実際にそれをやる人もいるらしい。自分はまだそれはやったことはないが、最近似たようなことをやってしまった。


 そのことを書く前に、まず前提を書いておく。


    ◆


 一言でいえば、メガネがなくともそれほど不自由はしない。ただし、現場中と運転時、パソコン操作時は除く。


 外に出るときは、以前は普通にメガネをかけて歩いていた。

 しかし、マスクが必要なこのご時世、すぐにメガネが曇る。曇り止めも使っているが、そんなに長持ちはしない。

 それで、メガネを頭の上にあげて歩くことになる。

 単に歩くだけならば、ちょっと視界がぼんやりするだけで、メガネはなくとも大丈夫だ。


 ただ、少し距離が離れると、人の顔の見分けが難しくなる。

 さらに離れると、目鼻口の輪郭がますますあいまいとなり、遠くの人がのっぺらぼうに見えてくる。本物ののっぺらぼうが人間に混じって歩いていてもわからないレベル。


 とはいえ、違和感は少ないので、時々自分がメガネをかけているかどうかわからなくなったりする。


 また、家でくつろいでいる時にも、メガネは外している。

 だから、自宅を出るときにメガネを忘れることがたまにある。


   ◆


 その現場は、近くで工事が行われていた。


 前にも書いたと思うが、環境調査員の仕事は工事が行われる前に現場に入り、工事による影響の推測するため環境の現況を調べる、というものである。

 ただ、大人の事情というやつで、まだ調査が終わっていないのに工事が始まったり、すでに工事をやっているところに調査で入らなければならなかったりすることもたまにはある。


 その場合は、我々調査員も工事の作業員と同じような扱いとなる。

 いつもの作業服に加え、ヘルメットをかぶり、黄色い反射ベストをまとって調査を開始した。


 折しも8月の下旬。朝夕めっきり涼しくなったとはいえ、昼間はまだまだ暑い。

 帽子ならともかく、ヘルメットをかぶっているとメガネを上にあげられないので、曇ったメガネを拭いたり、老眼で見えづらいものをメガネをはずしてみたりしながら調査が続く。

 メガネのつるに加え、マスクのひもにヘルメットのひも。耳周りで3つが重なり合い、たまに耳の周りが痛くなる。


 そうこうするうちに何とか午前中の作業は終わり、橋の下で昼食を採ることにした。


 日陰とはいえ、やっぱり暑いのでヘルメットは外す。

 空模様はといえば、朝からずっと曇ったまま。遠くの空には黒い雲が広がっており、少しずつ近づいてきている気もする。要するに、いつ雨が降り出してもおかしくない状況だった。


 メガネを髪の上まで上げ、スマホで天気予報を確認する。雨雲レーダーの情報によると、近くでは雨は降っていないようである。


 コンビニで買っておいたサンドイッチを食べ、その後少し休憩。

 最後にもう一度、スマホで雨の予報をチェック。幸いにも何とか天気は持ちそうだ。

 というわけで、ヘルメットをかぶり直し、リュックサックを背負って調査再開である。なんだかヘルメットのひもが先ほどよりきつくなったような気がするのだが……ちょっとヘルメットを動かしてひもを引っ張ったら何とか固定できた。


 しばらく歩いて、網の中の虫を見ようとして、はたと気づいた。


 あれ……メガネがない。


 日常生活に支障はないとはいえ、さすがにメガネなしでは離れた虫が見えない。

 ひとまず、捕まえていた虫を処理して、今来た道を戻る。


 幸い休憩場所からほとんど進んでいないし、メガネがなくとも落ちているメガネぐらいは見つけられる……はず。変なところに落ちていなければ。


 そうして、つい先ほどまで休憩していた橋の下まで戻ってきたが…………

 行方不明のメガネを見つけることはできなかった。


    ◇


 突然ですが、ここで問題。


 筆者のメガネは、どこにいったのでしょうか。


 一昔前の推理小説でたまにあった、『読者への挑戦』みたいなのを真似てみた。

 自分には本格ミステリーなど書けそうにないが、一応ヒントは全部出したつもりだ。


 回答編はこの後。行を開けておくので、スクロールしてご覧ください。



    ◇


    ◇


    ◇


    ◇


    ◇


    ◇


 さて、問題の答えであるが……。


 昼休憩の際、スマホを見るためにメガネを頭の上にあげた。

 その後、戻したという記述はない。書くのを忘れたのではなく、メガネを戻すのを忘れたのである。

 そして、そのままヘルメットをかぶり直した。


 すなわち、メガネはヘルメットの下なのであった。


 不覚。

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