冬の虫を探して

 この仕事も、一年中一定の仕事があるというわけではなく、季節により繁忙期と閑散期というものがある。


 だいたい予想は付くと思うが、昆虫が激減する冬が閑散期だ。


 激減するといっても死滅しているわけではなく、多くの虫は卵や蛹のような動かない状態で、もしくは幼虫でも風雨がしのげるような場所、南向きの斜面などの比較的気温が上がりやすい場所などで、じっと春の訪れを待っている。

 また、成虫で越冬する種も意外と多く、例えばカメムシやテントウムシなどは集団で木の皮の下や人家の戸袋の中などで冬を越す。また一部のチョウでは、たとえばキタテハやテングチョウ、キタキチョウなどをはじめとして成虫で越冬する種もいる。


 いささか地味ではあるが、ハエやアブの仲間には冬にも成虫がみられる種が多く、晴れた暖かい日には陽だまりに止まっていたり、花を訪れたりしているのがよくみられる。同じようにミツバチも、真冬でも暖かい日には飛んでおり、ツバキやサザンカ、園芸種のローズマリーなど、冬に咲く花にやってくる。


 だから冬に昆虫調査を行っても、何の成果も得られませんでした、などということにはならない。よほど環境が悪くない限り。

 例え吹雪ふぶこうが氷雨が降ろうが、木の皮をはいだり、朽ち木を割ったり、石や落ち葉をひっくり返したりすれば、越冬中の虫は結構見つかるものである。


 それでも、春夏秋の調査に比べ、同じ時間内での確認種数は大幅に劣るため、一年間に及ぶ調査でも冬季には調査を行わない、という仕事は多い。


 しかし、冬でないと確認できないという種や、成虫は夏に出るけど冬に越冬中の幼虫を探す方が楽、という種もいる。


 というわけで、凍てつく寒さの中、いつもの作業着の上から防寒着を纏って冬の森に入っていくわけである。


    ◆


 オオムラサキという蝶がいる。

 よく日本の国蝶として紹介されることがあるが、これを決定したのは実は日本昆虫学会で、法的な拘束力などは特にない。


 幼虫の餌はエノキの葉。成虫はカブトムシと同じように、クヌギやコナラなどの広葉樹から出る樹液に集まる。

 したがってオオムラサキは、いわゆる里山の雑木林、昔ながらの燃料の供給源であった薪炭林しんたんりんに生息していたのであるが、雑木林が管理されなくなり、また開発によって別の環境に変えられたりで、結果として本種も見る機会が減っているようである。


 そのため本種は、環境省をはじめ多くの都道府県でレッドリストの対象とされており、調査対象でも特に重要な種として確認状況などを記録する必要がある。


 ただ、成虫は高いところを飛んでいたり、高いところに止まっていたりで、なかなか発見しづらい。

 生息状況を確かめたければ、冬に越冬中の幼虫を調べた方がいいのである。


 幼虫の餌となるエノキは落葉樹であり、冬には葉を落とす。

 葉を食べていた幼虫は秋の終わりに樹から降り、木の根元付近に落ちている枯葉の下に隠れ、動かずに春を待つ。


 我々調査員は、あらかじめ秋までの調査で確認しておいたエノキの場所に行き、根元の落ち葉をひたすらひっくり返して幼虫を探す。そうして、オオムラサキの生息範囲や個体数を記録するのである。


    ◆


 多くの仕事は一年単位であり、3月後半ぐらいが納期である。

 ただ、下請け会社に出される仕事も多いので、下請けの納期は余裕を見て2月末ごろになる。

 確認種数が少ないのをさいわいといっては何だが、調査後の同定および取りまとめにかけられる時間が非常に短くなる。

 そういう意味でも、冬季調査は大変なのだ。

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