底生動物

 以前からいろいろと書いてきたとおり、筆者が主に調査対象としているものは昆虫類であり、もう少し限定すれば『陸上昆虫類』となる。


 業務によっては、昆虫類にクモ類を加えた『陸上昆虫類とう』が対象となる。これはおそらくこの業界だけの呼び方だろう。

 実際には、分類学的には昆虫とクモは結構離れている。昆虫から見ると、クモよりもむしろエビ・カニなどの甲殻類の方が近縁だったりするのだ。

 ただ、昆虫類を採集しているとクモ類もよく採れるから一緒に調査してしまおう、という話である。


 誤解する人も少ないとは思うが、空中を飛んでいるチョウやトンボなども陸上昆虫類に含まれる。

 ならば、陸上昆虫類(等)の「陸上」以外のものがあるのかと問われると、水生昆虫類がそれに該当する。


 この水生昆虫、かなり多くの分類群にわたって存在する。


 まず、主に幼虫が水中生活を行い、成虫は陸上で生活するもの。

 最初に思いつくのがトンボの仲間。幼虫は一般にヤゴと呼ばれ、河川や池沼の他、水田や水路のような人工的な環境でもみられる。種によっては、夏以外の使用していない学校のプールで育っているものもいる。


 次に、カゲロウの仲間。気象現象である陽炎かげろうから名付けられたといわれるその昆虫は、その名の通り弱々しく、成虫の寿命も短い。このカゲロウ、不完全変態を行うが、幼虫と成虫の間にもう一つ、亜成虫あせいちゅうという段階がある。


 それから、一般には知名度が低いが、カワゲラ、トビケラという仲間の昆虫。漢方薬の材料とされる孫太郎虫、これはヘビトンボという昆虫の幼虫だ。

 甲虫のうち、ゲンジボタルとヘイケボタルもこのタイプにあたる。


 もう一つのタイプが、ほぼ一生涯を水中ですごすもの。

 主な種としては、甲虫類のゲンゴロウ類やガムシ類、カメムシに近い仲間のタガメ、タイコウチ、ミズカマキリなどが挙げられる。

 ただ、一生涯といっても卵や蛹、及び越冬時には水面に移動して息を吸うわけにもいかないので、陸上ほか、一部の卵は植物の茎の中など、空気に触れられるところですごしている。


 このカメムシの仲間に、ミズムシという昆虫がいる。

 水虫というとカビの一種である白癬菌が足などに寄生して起きる病気を想像する方が多い……というか一般の方は、ミズムシなどという生物が存在するということを知らないのではないだろうか。

 このミズムシという生き物、実は複数いる。まずは上記のカメムシの仲間。これは単なるミズムシという名の種のほかに、その近縁種である●●ミズムシというような種が数十種いる。それから、甲虫の仲間のコガシラミズムシ類、これが数種いる。

 そしてもう一つ、昆虫ではないのだが、等脚類という陸生のダンゴムシに近い仲間にもミズムシがいる。


    ◆


 筆者が会社員時代には、陸上昆虫類調査だけではなく、この水生昆虫調査――実際には昆虫を含む水生動物全般が対象なので、通常は底生ていせい動物調査といわれる――も専門として行っていた。


 さて、陸上昆虫類等調査の多くが春夏秋の三季において実施されるのに対し、この底生動物調査はまず早春の三~四月に行われることが多い。

 基本的には、春夏秋冬いつでもある程度は採集可能なのであるが、先述の幼虫が水生生活を行うものは春になると成虫になってしまうものが多いため、幼虫が十分に育っている早春に実施するのだ。


 これが痛い。

 水温が低すぎて、冷たいを通り越して痛い。


 とはいえ、冬は陸上昆虫類等調査が少ない――まったく実施されないわけではないのは、先日書いたとおり――ので、この時期仕事の少ない昆虫調査員を現場で使うのはある意味合理的といえるかもしれない。


 会社を辞めて自営業であるフリーランスの環境調査員となった現在では、ほぼ昆虫専門であり、それ以外の仕事はめったに回ってこなくなった。


    ◆


 この底生動物調査は、中・大河川や大きなため池などの一定の場所のみを調査することが多い。ときには上空を橋が通ったり、工事で土砂が流れ込んだりする小さな河川を調べることもあるが、その場合でも、河川全域ではなく、調査する範囲が限られている。

 一方、陸上昆虫類調査(等)のついでの水生昆虫調査では、水路や休耕田、湿地などを含め幅広く調査を行うことができる。


 ただ、この水生昆虫調査のために専用の網を持参する必要があり、これがちょっと面倒。

 これについては、次回書く予定。

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