二刀流

 さて、前回説明した陸上昆虫類調査について。

 『陸上』の文字のことだが、水生昆虫は本格的に調査しないという意味であり、まったく採集しないという訳でもない。


 前回述べた底生動物調査というのは、河川やダム湖ため池などの一定の場所で調査を行うものであり、例えば小さな 池や水路、その他偶然見つけた一時的な湿地や水たまりのような場所では基本的に調査は行われない。


 またこの水生昆虫は、河川やため池の改修、洗剤や農薬などの使用に伴う水質の悪化、工事や災害に伴う土砂の流入など、近年その生息環境に悪影響が生じているものが少なくない。

 このため水生昆虫の中には、絶滅危惧種として名前が挙げられているものも多いのである。


 そのため底生動物調査では調査が行われないような幅広い環境において、陸上昆虫類調査時に水生昆虫の採集を行う必要があるのだ


 しかし、この水生昆虫調査であるが、普段チョウやトンボその他を採集している捕虫網では採集困難である。


 いわゆる捕虫網は、一旦捕えた昆虫が簡単に逃げられないように、奥行きが深くなっている。また、網の目は非常に細かい。

 この網で、一旦水生昆虫がもぐりこんでいるような泥をすくってしまえば、真っ黒になってしまいその後の陸上昆虫調査に支障をきたす。そうでなくても濡れるだけで網は重くなり、振るのも大変になる。まあ、晴れた夏の暑い日であればこれくらいはすぐ乾いてしまうのだが。


 というわけで普段使いの捕虫網とは別に、水生昆虫用の網が必要となる。

 釣具屋に行けば一般の方にも目に入る機会があるだろうか。タモ網もしくは玉網などと呼ばれる、魚をすくうための網である。


 ただし、魚よりも昆虫の方が体が小さいため、より網の目が細かいものが必要となる。

 特にチビゲンゴロウやマルケシゲンゴロウと呼ばれる仲間などは、体長2mm弱と言う小ささである。並の網なら、すぐにその目を抜けて逃げられてしまう。

 しかもこの仲間、各地のレッドデータブックの対象となっていることが多いのである。だから、専用の目の細かいタモ網が必要なのだ。


    ◆


 さて、実際の調査中であるが、筆者は左利きなので普段は左手で捕虫網、右手でタモ網を持って歩くことになる。二刀流というか、ハルバードのような長柄武器ポールウェポンの二本持ちの感じだ。


 もちろん二刀流といっても、捕虫網とたも網を同時に振りかざして乱舞するわけではない。


 普段は二本を持ったまま歩き、左手の捕虫網で植物を掬って隠れている昆虫をすくい取る。見えている中・大型の昆虫が現れた場合、時には安全確認の上タモ網を放り出して捕虫網を振るうことになる。


 そして水辺に到着すると、今度は捕虫網を置いて、タモ網で水の中を掬って調査を行うことになるのである。


    ◆


 ちなみに、ホームセンター等に行くと、子供用のペットコーナーに採集用の網が置いてあり、最近では先端部のみ捕虫網とタモ網を付け替える事が出来るようなものまで存在する。


 それを見るたび筆者は、大人用のこれがあったらいいのになあと思っていたのであるが……。


 大人用というか、プロ仕様のそれがなぜ存在しないかと言うと、制作する企業が違うから。

 タモ網は本来、魚やエビ・カニをすくうためのものであり、釣り具メーカーの管轄である。一方、捕虫網をはじめとする採集用具、それに標本箱や標本針など標本用品は、専門の昆虫用品メーカーみたいなものが存在する。


 プロ仕様のそれがあればこちらも二刀流めいた行動をしなくてもいいのであるが、現実にはそんなものは存在しない。

 実際にそんなものが必要となるのは、我々環境調査員か、さもなくば大学や博物館などの研究者ぐらいであろう。

 というわけで需要が少なすぎて実用化には至っていないようである。


 しかし筆者は、脇に置いたタモ網をそのまま忘れて、後で取りに戻ったり、あるいは取りに帰る時間もなくそのまま放置したりということを何度かやらかしている。


 そこで最近では、上の部分だけ取り替えられる捕虫網の古くなったものを、途中で縛って浅くして水生昆虫用として使うことにした。

 それならば状況に応じて取り替えて使え、陸上昆虫用の網が濡れることもない。また軽くてビニール袋を別途用意すれば、比較的持ち運びもしやすい。さらには網の目も細かいので、微小昆虫も採集できる。

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