コウモリの声を聞く(後編)

 前回に引き続き、コウモリ調査・実践編である。


 調査開始後、しばらくは沈黙が続いた。


 どれほど時間がたっただろうか。

 唐突に、コウモリ語翻訳器が声を上げた。

 あえてカタカナに直すと、チュチュチュチュとか、コツコツコツコツとか、そんな感じの、何か硬いものを素早く叩き続けるかのような音。


 これは、アブラコウモリの声だ。


 アブラコウモリとは人家に生息するコウモリであり、天井裏や戸袋の隙間などをねぐらにしている。ゆえに、別名イエコウモリ。

 都会にも生息しており、夕暮れ時に飛んでいるのを時折見かける。

 ちなみに夜中にも飛んでいるが、暗闇の中では人間の目ではほぼ認識できない。だから、バットディテクターが必要なのである。


 命に貴賎はないとは言うものの、環境調査においては人家に生息する普通種は工事による影響評価の対象とはならない。ダム建設か何かで、大量の立ち退きが発生するとかならまた話は別であるが。

 ただ、調査結果としての確認種リストには載せる。


 とにかく、今回の主な調査対象は洞窟などに生息するその他のコウモリである。

 コウモリの声……我々が認識できるのはバットディテクターで変換されたものだが……は種によって違う。一部区別の難しいものもあるが、ある程度は声で種の見当がつくのである。


 車、ときどきアブラコウモリ。


 そんなのが小一時間続くと、だんだん退屈になってきた。

 書き忘れていたが、一人なので話し相手もいない。


 そうこうするうちに、近くの草の葉の上に光るものを見つけた。


 陸生のホタルの幼虫である。

 ホタルの幼虫というと、ゲンジボタルのように川の中で巻貝のカワニナを食べていたり、ヘイケボタルのように水田などでモノアラガイなどを食べている印象を持つ方も少なくないだろう。

 実はほとんどの種は幼虫も陸生で、カタツムリなどの陸産貝類を食べている。幼虫が水生なのは世界でも少数派で、国内では前出のゲンジ・ヘイケと、南西諸島産のクメジマボタルの3種のみだ。


 葉の上にいたホタルの幼虫を手のひらの上に落とし、よく見ようと顔に近付けたその瞬間。


 バットディテクターが突如怪しげな電子音を発する。

 近くで聞いている車がいれば、まるでUFOでも出現したかと誤解されそうな音。


 しまった、キクガシラコウモリだ! こんな時にかぎって!


 慌ててホタルの幼虫を葉に戻し、バットディテクターを見る。

 しかしもう、手の中にあるトランシーバーほどの大きさの機械は何も言わない。


 その後、調査終了までアブラコウモリが何度か鳴いただけで、キクガシラコウモリとおぼしき声の主が戻ってくることはなかった。


    ◆


 調査終了後、ほかの人の話も聞いてみた。

 だいたい自分と同じで、キクガシラらしき声が1、2回あったかなかったかだったそうだ。


 ただ、声だけでは近縁種であるコキクガシラコウモリ(ニホンコキクガシラコウモリ)と区別困難らしい。発注元と協議の結果、報告書には自分のデータも他の人のものと一緒に「キクガシラコウモリ科の一種」という形で掲載されることとなった。

 どちらもその県では重要種なので、工事の影響の評価も行われたはずである。


 その後は、専門外なのでどうなったかは記憶にない、


 いずれにせよ、調査中に別のものに気を取られて危うく重要種を見落としかけたのは明らかにこちらのミスであった。二十年近くたって、すでに時効も成立しているだろうから、ここに懺悔ざんげしておく。


 なお、筆者はコウモリの声の音声データなど持っておらず、カクヨムにもそれを添付するようなシステムもない。

 これらのコウモリの「声」に興味のある方は、YOUTUBEで「バットディテクター 〇〇コウモリ」という風に検索すれば、数は少ないが実際に聞くことができるだろう。

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