コウモリの声を聞く(前編)
専門が昆虫と言っても、それ以外の仕事をすることも少なくなかった。
フリーランスになった後はあまりないが、会社員時代には色々とやったものだ。人数に限りがあるせいで、全く専門外の調査にかり出される。
以前ネタにしたオオサンショウウオ調査なんかがその一例である。
他には、調査用の罠の設置手伝いとか、猛禽類調査の補助員とか、釣りによる魚の調査とか、カタツムリなど陸産貝類の調査とか。
生物系以外では、高速道路出入口の通行量調査とか、川の水質・流量調査とか、道路の騒音振動調査とか。
果ては、調査員を現場に連れて行く運転手(自分は調査なし)まで。
◆
さて、今回の話はコウモリの調査。
と言っても、洞窟などに入って直接探すわけではない。そういう調査もあるが、それは通常他の哺乳類と一緒に行われ、それこそ専門の調査員の仕事だ。
ただコウモリ調査には、他のやり方もある。
そこで使われるのが、バットディテクターと呼ばれる道具だ。
バットは言うまでもなく、英語でコウモリの意。もちろん現像バットでも粉砕バットでもない。
あと、たまに間違えられるが、バッドでもない。
ディテクターは、発見するとか探査するを意味する動詞ditectの名詞化。
日本語では、コウモリ探知器となる、らしい。
らしい、と言うのは以前いた会社だけでなく各種報告書でも英語名のバットディテクターが使われていたため、日本語名など知らなかった。この記事の内容チェックのためwikipediaを見るまで知らなかったのである。
それで、このバットディテクターなる道具。探知器を名乗っていても、マンガに出てくる何とかレーダーみたいにコウモリの種類やいる場所を指し示してくれるわけではない。さすがにこの惑星の科学は、そこまで進んではいない。
これが何をするかというと、人間には聞こえない超音波であるコウモリの声を、人間に聞こえる周波数に変換してくれるのである。
言うなればこれはコウモリ探知器ではなく、コウモリ語翻訳器なのだ。
◆
まだ会社員だった二十年近く前、一度だけバットディテクターによるコウモリ調査にかり出された。
もちろんコウモリ調査というのは夜間に実施される。
ただ、夜間調査と言うのは夜通し行われるのではなく、普通に昼間の調査終了後に、夕食を済ませて2、3時間程度行われるのが普通である。
普通は哺乳類担当の仕事であるが、この現場は調査範囲が広く、彼らだけではかなりの時間がかかる。かくして、こういう専門知識のいらない作業は、他の作業をしている人にも回される。
同じ現場で昼間に昆虫調査をしていた筆者も例外ではなく、コウモリ語翻訳器と懐中電灯、飲み物だけ持たされて夜の森に放り出されるわけである。
後は、お迎えが来るまでコウモリの叫びを聞き、記録するだけの簡単なお仕事だ。
さて、今自分がいるのは、森の中といっても集落から少し離れたところであり、すぐ近くには道路が通っている。暗くなっても、時々車は通過していく。コウモリよりも車のほうが多いくらいだ。
車の音が聞こえてくると、森の中にしゃがんで身を潜め、通り過ぎるのを待つ。
別にやましいことをしているわけではないし、周辺住人の皆様にはいつどんな調査を実施するという連絡が既に行っているはずである。
ただ、見つかるといろいろ面倒なことになりそうなので、隠れてやり過ごすことになる。
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