もう聞けない声

 数年前の秋、高知県某所の低山で昆虫調査をしていた。


 高知県では、あるセミが県版のレッドデータブック(RDB)に掲載されている。

 もちろん、昆虫類全てが調査対象であるが、レッドデータ掲載種は重点的に調べる必要がある。


 セミの仲間なので、鳴き声による調査が可能なのだが……耳をすませても聞こえてこない。発生時期は合っているはずなのに。


 去年は別の現場で聞いたが、ここにはいないのだろうか。


    ◆


 セミの話が多いが、鳴き声により調査可能なため確認がしやすいと言うことは、それだけネタも多いということなのである。


 さて、最近鳴き声が聞けなくなったあるセミがいる。

 それは決して、絶滅危惧とか、開発や温暖化などにより減少したというわけではない。変わったのは、自分の方なのだ。


 子供の頃には見えた妖精やトト○が、大人になると見えなくなるかのように……。

 いや、格好付けて書いたが、要は年をとると高い音が聞こえにくくなるという話である。


 春に鳴くセミの話は以前書いたが、秋に鳴くセミもいる。

 西日本だと、ミンミンゼミやツクツクボウシが時々十月ごろにも鳴いていたりするが、そんな夏の忘れ物みたいなものではなく、秋を中心に鳴くセミだ。

 名を、チッチゼミと言う。鳴き声もその名の通り、「チッチッチッチッチッ」という、高くて地味な声だ。


 筆者は数年前から聞いていない。耳が老化して、聞こえなくなったのである。

 最近チッチゼミ聞いていないな、と思っていたが、同行した別の人は鳴いていると言う。そこでようやく、自分がチッチゼミの声を聞けなくなっていることが発覚した。


 YOUTUBEでチッチゼミの声を流している動画もあるが、ためしに聞いてみたらそれも聞こえなかった。

 一部聞こえる動画があったが、加工して聞こえやすくしているらしい。たしかに記憶にある声とは違って聞こえる。


 異世界のセミの話の時、北ヨーロッパではセミはなじみがない、と言うような話を書いた。

 まったくいないわけではない。しかし、ほとんどがこのチッチゼミの仲間なのだ。地味な鳴き声に加え、あるいはこの加齢により聞きづらくなるという性質も、ヨーロッパにおけるセミのマイナーさに拍車を掛けているのかもしれない。


 とはいえ、冒頭の高知県の話のように、場所によっては都道府県のレッドデータブックに掲載されていることがあるので、鳴き声は聞こえなくても調査はしないといけない。

 鳴き声以外のセミの調査方法としては、もちろん成虫の捕獲がある。

 それと、セミ類にはもう一つ、抜け殻による確認、という方法もある。しかし、森の中を歩き回って苦労して見付けたが、よく見ると夏から残っているヒグラシの抜け殻だったというような事も少なくない。


 というわけで、調査は可能であるが…………。


 自分はもう二度と、チッチゼミの声を聞くことはないのだろう。

 かつてよく聞いた声も、やがて月日とともに忘却の彼方へと去ってゆく。


 そう思うと、少し悲しい。

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